第392話 潮時

 ──あぁ、もう潮時なのかもしれないな。

  

 咲耶が目に涙を浮かべて、不安そうに俺をみるその様子を見ながら、俺はそう思った。

 ここがちょうどいいタイミングなのかもしれないと。

 隠すのが限界に来ている、というのもあるが。

 何をかと言えばそれは明白である。

 俺が、俺であることについてだ。

 高森武尊は、北御門尊の生まれ変わりだという事実についてだ。

 

 今現在、この事実を知っているのは美智と重蔵だけ。

 この二人が信用できるから、というのもあるが、絶対に誰に漏らすことはないだろうと確信を持って言える、というのも大きい。

 重蔵はそれを誰かに言うのであれば、昔あったことを語らなければならないだろうし、それは中々難しいだろう。

 今更、精算するのが怖いみたいなことはあいつは言わないだろうが、影響が大きすぎるからな。

 明らかになった場合、あいつ一人で背負い切ることは出来ない話だ。

 だから、話すにしても相手を選ばざるを得ず、しかし今のあいつにそれを話せる相手は俺と美智しかいない。

 美智については言わずもがなで、前世から信頼しているただ一人の人間だ。

 今となっては重蔵をそこに入れてもいいが、死ぬ前からそう思っているのは美智だけだからな。

 

 そして、この二人に、咲耶と龍輝を加えてもいいのかもと、ふと思った。


 そんなことを考える俺に、咲耶は、


「……武尊様……?」


 と不思議そうな表情で見つめる。

 その目を見て、思う。

 やはり、言ってしまうか。

 もう咲耶も龍輝もいい年だ。

 気術士としてもかなりの腕になっている。

 付き合いも幼い頃から十数年である。

 今更、信用できないもないだろうと。

 

「咲耶」


「……はい」


「俺には隠し事がある」


 まずそう言うと、咲耶は沈痛そうな面持ちで、ぎゅっと唇を引き結び、しかしそれでも確かに首を縦に振って、


「……存じております。何かを、お隠しになっているということは。ですけど、私は……」


 そう言った。

 まぁ、流石に気づくよな、それくらい。

 というか俺も別に隠し事が上手い方じゃないし。

 それでもバレないのは誰がどんな風に想像したところでまず絶対に辿りつかないようなことが、事実だからだ。

 しかし、何かがおかしい、と推測するくらいのことは長年一緒にいれば分かってしまうわけだ。

 

「あぁ。そうだな。気づかないふりを……と言うか、あえて聞かないでくれていたよな。俺はずっとそれに甘えていたよ」


「武尊様……」


「だが、そろそろ話すべき時なのかもしれないと思ってな」


「……!!」


「もう、隠し事は無しにしてもいいだろう。ただ、他の誰にも内緒に出来ると誓えるか? あぁ、重蔵様と美智様には言ってもいいが」


「……あのお二人はご存知なのですか!?」


 意外だったのか目を見開く咲耶。

 ……考えてみれば俺の個人的な秘密をこの二人だけが知っていると言うのは変かもしれないな。

 美智だけなら分からないでもないが、重蔵は他家の長だ。

 いくら対外的には師弟の関係だとはいえ、咲耶に話す前に知っていると言うのは微妙かもしれない。

 

「まぁ、ことの性質上、な」


 それでもそう言うしか出来ない。


「そうですか……それもお話を聞けば、理解できますか?」


「それはもちろん」


「……分かりました。誓います。そのお二人以外には話さないと」


「そうか。おっと、龍輝にも話すからもう一人追加しておいてくれ」


「……龍輝と同じタイミングというのは何か、納得しかねるものがあるのですが……」


「幼馴染なんだからいいだろう。ただここで話すのはちょっと問題だからな。それについでに重蔵様にもいてもらった方がいい。あとで俺の部屋に来てくれ。龍輝にも声をかけておくよ」


「はい」

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