第388話 とある呪術師の見たもの

 その日、私は信じられないものを見た。


 私、平山信広ひらやまのぶひろは京都で十年、呪術師として活動してきた。

 関西では各地から呪術師を集め、各家にスカウトしてもらって呪術師としての道を歩み始めるのがスタンダードだが、そういう意味では私は大家である土御門家に誘われ、そこから順当に実力をつけていって今に至る。

 つまりは、それなりにエリートのつもりだった。

 同年代でもほとんど抜きん出ていて、だからこそこの年齢で上級妖魔との戦闘も視野に入れて今回組織された《市街討伐隊》の一人として選ばれた。

 客観的に見てもそれなりに優秀な方であるのは間違いなく、しかしかと言って大家直系や分家当主クラスには及ばない、くらいの実力にある。

 多少の誇りはあるが、それでも自惚れるほどでもないと、そう思って生きてきた。

 実際、土御門家直系の紫乃様などは、私より十以上も年下なのに、すでに私の実力など超えておられるのだから。

 だからこそ、尊敬の念も湧くし、仕える相手としても申し分ない。


 そのために、今までの人生の中で見た、最も強大な妖魔をなんとか封じている中、もう少しで真気が切れるというタイミングで紫乃様がきてくれた時、どれほど救われた気持ちになったかわからない。

 最後には、自爆くらいしか取れる方法はないと思っていた。

 呪術師には自らのリスクをあげればあげるほど、強力な攻撃力を得られる術がたくさんあるが、その最たるものは自らの命と引き換えにする、いわば自爆だ。

 これは本来の実力の二段や三段も上の威力を術に乗せられるため、本当にこれ以上何もできることがない、死ぬ以外に道はないというときに使えと言われて教わる。

 先ほどまでは、まさにそれを使う覚悟だった。

 倒せるとまでは思ってなかったが、それでも多少の傷はつけられるだろうと。

 他に封印に参加している呪術師たちもそのつもりだったのは彼らの悲壮な顔から理解できたし、これだけの人数がそれを行えば、倒せる可能性もゼロではないと。

 ただ、実際にそれが行われることはなかったわけだが。


 紫乃様がきて、封印……結界の維持を一人で大半、担ってしまったからだ。

 二十人で行わなければ出来ないような術の負担を、一人で八割方背負ってしまえる。

 これこそが、大家直径の馬鹿げた出力と技量だ。

 だからこそ大家当主は絶大な権力を振るえる。

 彼らがその気になれば、その辺の術士など軽く薙ぎ払えてしまうから。

 その意味を、私はその時、実際に肌で知った。


 だが、驚いたのはそれではない。

 いや、それももちろん驚いたのだが、本当の驚愕はその後に来たのだ。

 私と紫乃様が色々と議論する中で、ふと気づくと一人の少年が近づいてきた。

 そこにいることにすら、その時まで私は気づかなかった。

 ひどく気配が希薄で、真気もあまり持っていないように見えた。

 術師ではあるのだろうが……大した術師とはとてもではないが思えなかったのだ。

 そのために、私は彼に少しばかり乱暴な言葉を浴びせてしまったが、紫乃様も、彼……武尊様も、特に気にした様子はなく、ただ苦笑するように忠告しただけだった。

 そして、武尊様は私たちが必死で封じていた上級妖魔を、倒してもいいかと尋ね、そのために構えた。


 その瞬間、空気が重くなったのを感じた。

 紫乃様をそれを見て息を呑み、結界の解放を決断され、それを全員に指示した。

 断れる者はなく、ただ言われた通りに解放した。

 もしもあの上級妖魔が解放されれば、酷いことになってしまうに違いないのに。

 けれど、その不安は、なぜかなかった。


 そしてその理由は、次の瞬間に分かった。


 少年の……武尊様の姿が一瞬、ぶれ、そして天狗の頭がくるくると回転しながら地面に落ちてくる、その光景を目撃した時に。

 

 化け物が、いた。

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