第382話 酒
「ちなみにですが、どちらがお強くいらっしゃる……?」
こう尋ねてきたのは、古老たちの一人だった。
いかにも武人、という雰囲気のある老人だが、そんな彼ですらも声が震えているのが不思議だった。
別に俺も重蔵も人を食うわけではないのだが……。
これにまず答えたのは、重蔵である。
「普通に武尊ではないか? わしは剣一本で生きてきたからな。それに比べて武尊はそれ以外にも北御門の気術がある。さっき見て分かったと思うが、転移系まで自由自在に使いこなす男だ。この訓練場の広さなればこそ、出現地点を予測できるが、広い空間で戦えば一瞬でじり貧だろうな」
「いやいや、そんなこと言いますけど、重蔵様だってこの広さだと本気を出し切れていませんよね。空間断裂系の霊剣術を使われれば俺だって転移は相当しにくくなりますよ」
空間系の気術は北御門の十八番。
ではあるのだが、東雲は《斬る》ことにかけては他のどんな家の追随も許さない。
この世に存在する全て……いかなるものでもその剣一本で斬る、それをその誇りとしているからだ。
そしてそれは《空間》ですらもその対象としているということに他ならない。
重蔵は《もの》ではなく《空間》を斬れるのだ。
つまり、どれだけ固かろうがなんだろうが、そんなもの関係なく斬れる。
斬れてしまう。
正直ここまでの境地に至っているのは、東雲では重蔵ただ一人だろう。
そしてそんな斬り方をされれば、転移しようが何だろうが関係ない。
ただ斬られて終わる。
「武尊、そうは言うがお前だってそれくらい出来るだろう。近くへの転移を防いだところで、離れた位置から飽和攻撃されればわしとてどうにも出来んよ」
そういう手段もあることにはあるが……。
「それこそ、全て空間ごと斬られて防がれそうな気がしますが……」
そんな風に重蔵とお互いの戦い方に文句を言っていると、紫乃が、
「……お二人とも、仲が……よろしいのですね?」
と言ってくる。
「仲? うーん……確かに悪くはないけど」
「おい、武尊。定期的に茶を飲む仲だろう。親友に近いぞ」
「茶ぐらい親友でなくても飲むでしょう」
「では酒でも飲むか? って、まだ十代だから無理か……あと数年が待ち遠しいな」
重蔵はこれでかなり酒が好きらしいとは本人から聞く。
肉体を極限まで鍛え上げているので、酒は害になる、と避けそうにも思えるが、気術士にとって酒はそう悪いものではない。
あれは飲めば真気に様々な良い影響を与えてくれるものだからだ。
昔話で鬼が酒を飲むのが好きみたいな描写があるのは、その辺りにも理由があったりする。
まぁ、それでも当然、飲み過ぎは良くないので、量は考えるべきだがな。
加えて、良い影響があるといっても、通常の食事で言うビタミンがどうとかそういうレベルの話であって、飲めばドーピングの如く強くなる、みたいな効果はない。
だから全く酒を飲まない気術士も普通にいる。
特に最近は増えているらしいな。
つまり、酒に対する態度は、一般人とあまり変わらないということだ。
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