第374話 重蔵の剣

 最初から全開で行くかもしれない、と思っていたが、重蔵も今回については慎重だったな。

 お互いの力量がある程度わかっている以上、油断せずに隙を狙っていくのはむしろ定石だ。

 しかし、そんないがみ合いも長すぎると飽きる。

 別に命をかけて戦うわけではないのだ。

 面白い戦いがしたい。

 だから俺は動いた。

 そしてそれを察した重蔵も……いや、ほぼ同じタイミングで同じように考えたからこそ、同時に地面を踏み切ることになった。

 

 ──ガァン!!


 と、木刀同士がぶつかった音とは思えない、高く大きな音が鳴り響く。

 まずは一合目。

 しかし、お互いに必殺の気合いが込められた一撃だったのは、木刀が触れ合った瞬間に感じ取った。

 所詮は模擬戦、と言いながらも、むしろ命の取り合いに近い意気で挑んでいることが何か心地のいいものがあった。

 そこからは、お互いにひたすらに剣を合わせていく

 俺は鍔迫り合いから相手を弾き、少し下がったが地に足をつける前に空中に足場を築いて反撃の手を早める。

 タイミングが多少ズレたことを察する重蔵であったが、それで反応できないような男ではない。

 元々は修練よりもセンスのみである程度の腕まで達した男だ。

 反射神経も凡才でしかない俺とは比べ物にならないほどに優れていた。

 俺の木刀の振り下ろしをギリギリと受け、そのまま足を蹴り上げてくる。

 東雲流霊剣術は、剣術と言いながらその実はいかなる方法を用いても勝利をもぎ取ろうとする獣の武術だ。

 剣の進む跡に理合があるとはいえ、剣でなければならないという拘りはない。

 つまりはほとんど喧嘩剣術なのだよな。

 その上……。


「《壊乱》」


 ボソリと唱えた重蔵。

 その瞬間、俺の腰辺りの空間に微妙な引力のようなものが発生する。

 空間の一部をわずかに壊し、それによって力を生み出す小さな気術だ。

 本来であればこんなものに大した効果はない。

 魑魅魍魎程度が払えるくらいだ。

 けれど、土の上に僅かな穴を作り、転倒を画策するように、空間に少しばかりの違和感を発生させることでこちらの動きを削ぐ効果くらいならある。

 それも、重蔵ほどの使い手が使うのであれば、それなり以上の効果だ。

 正しく俺の呼吸を見抜き、最も置かれたら嫌な場所にそれを置く。

 歴戦の重蔵らしい、深い読みと戦闘経験に基づく手だった。

 だが……。


「こんなもの……!」


 俺はそれを力づくで引きちぎって無理やり剣の向かう先を維持した。

 

「!?」


 重蔵もこれには少し驚いたようで目を瞠る。

 そんな重蔵の首を狙い、木刀を振るうが……。


「……ふん」


 ギリギリのところで、するりと避けられ、距離を取られた。

 ただし、何も効いていないわけではない。

 彼の頬にはわずかばかりの血の筋が一つ、見えた。


「まずは俺が一本、ってとこかな?」


「この程度の傷で一本とは片腹痛いわ。それに、ほれ。服を見ろ」


「……なるほど? お互い様か」


 俺の服の一部が、わずかばかりに切り裂かれてる。

 もう一歩踏み込まれていれば、かなりの傷になっていたかもしれない。

 以前戦った時と比べて、俺もそれなりに腕を上げたつもりだったが、重蔵も同様らしい。

 しかも今の彼の体は、全盛期のそれだ。

 前のようにはいかないというわけだ……。

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