第372話 紫乃と古老たち
武尊様が重蔵様と手合わせする、と聞いた時まず頭に浮かんだのは、武尊様の身の危険だった。
重蔵様といえば、四大家は東雲家の当主であり、その剣術の腕は関西にまで轟いているほどの豪傑である。
聞くところによれば、若い頃から日本各地で強大な妖魔を切り倒し続け、今では木刀で巨岩や鋼鉄ですらも易々と切り倒せるほどだという。
流石に木刀でそんなことが出来る、などというのは誇張ではないかと思うが、そうだとしても通常の気術士がまともに相手出来るような存在ではない。
紛うことなき伝説、それが東雲重蔵という男なのだった。
対して高森武尊様は、確かに《若返り》や《治癒》など、特別な能力をお持ちの方であるし、その身に宿る真気の量は大きいのかもしれないが、まだ私と同じくらいの、十六、七歳の子供に過ぎない。
気術士呪術師の世界では十五を越えればいっぱしであると扱われることは多いものの、それはほとんどが建前であって、本当に一人前のそれと同一視されているわけではない。
確かに中には、咲耶様のような特別な才能をお持ちで、立っているだけでも真気の圧力が感じられるような方もいる。
しかし、武尊様はそうではないのだ。
漏れ出す真気の感覚からすると、武尊様の腕は一般的な気術士のそれと変わらないはずだ。
それなのに……。
「……紫乃嬢ちゃん。そんなに睨むようにお二人を見なくても」
訓練場の端に座っている私に、同様に横に座っている古老たちの一人、風彦がそう声をかける。
「え、私そんなに強く睨みつけていましたか……?」
無意識だったので尋ねると、風彦は笑って言った。
「おう、見ていたとも。まるで恋敵でも見つめるかのようだったぞ。なぁ?」
それに並ぶ古老たちもカラカラと笑った。
私は頬を膨らませて、
「もう、お爺さま方も酷いんですから! でも、私の気持ちも分かってください。武尊様が……重蔵様と戦うのですよ? 皆様をそこまで元気にしてくれた武尊様が……心配ではないのですか?」
そう尋ねると、風彦たちは途端に真剣そうな表情になって、口々に色々なことを言う。
「ふむ、重蔵様は現代において、霊剣術を極めた至高の剣術家であるし、武尊殿がどのような腕であったとしても傷をつけるようなことはないのではないか?」
「いやしかし、先ほどのあの二人の様子を見たか? 特に重蔵様からは何かこう、強大な妖魔を前にした時のような迸る闘気が感じられたが……」
「それに対して、武尊殿はどこか……
「そこは不思議じゃの。確かに武尊殿からは真気はさして感じられないが……そういった気の話をおいておけば、身のこなしは相当なものではないか? 何の気なしに歩いておられるが、まるで隙が見当たらんように思う」
「あぁ、それは確かに……ふむ、では純粋な武術勝負ということかな。それならば大怪我ということもないか」
「そうかもしれん。しかしそれでも重蔵様の腕を考えると……」
そんな風に。
「お爺さま方! 議論されるのもいいですが、始まってしまいますよ? ……? 何か話されている様子ですが、聞こえませんね」
重蔵様と武尊様が何か気やすい表情で話しているのが見える。
ただ全く聞き取れない。
これに風彦が、
「……気術による暗号会話じゃの。あれは他家には聞こえん。ま、何か奥義でも教えておるのかもしれんの。元々師匠弟子の間柄らしいということじゃし……やはり面白そうじゃ。見に来てよかった」
そんなことを言った。
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