第371話 訓練場

「ほう、中々の設備ではないか」


 訓練場にたどり着くと、重蔵が感嘆したような声でそう言った。

 周囲を見回すに、確かにいい感じだな。

 大まかには広いホールではあるのだが、いくつもの気術がかけられていて、強度が強化されているのが分かる。

 これは物理的にも、気術的にも、である。

 その上、壁際には多くの武具が揃えられていた。

 真剣もたくさんあるが……。


「あの……こちらにあります武具はいずれも使用していただいて構いませんが……何で手合わせを?」


 紫乃がそう尋ねてくる。

 その顔にはまさか真剣は使わないですよね、と書いているようだった。

 重蔵がどうこうなるとは一切思ってはいないだろうが、真剣を使えば俺が危険だとか思ってるのかもしれない。

 俺は実力自体はともかく、《治癒》や《真気譲渡》が出来る極めて特殊な存在になるからな。

 俺にしろ重蔵にしろ、戦線離脱されては困るわけだ。

 だからここは木刀で、という感じだろう。

 どうしたものかな。


「……ふむ、わしとしては真剣が良いのだが……」


「き、危険です! 重蔵様が真剣をお使いになられたら、無類の強さだと聞きます。そうなれば武尊様が……」


 やはり紫乃の心配は俺に向かっているようだ。

 重蔵はその心配に微妙な表情をし、俺を見て、


(この娘は見当違いな心配をしているぞ)


 と視線で伝えてくる。

 そうかもしれないが、実際に戦ってるところを見ないと何も信じないだろう。

 まぁ、俺としても真剣の方がヒリヒリして楽しいのだが、流石にこうして他家に来てまでわがままを言うつもりはない。

 別に木刀を使ったところで危険性は変わらないのだがな。

 重蔵ほどの使い手が使用すれば、木刀で岩を切れる。

 真剣だ木刀だと言うが、人間相手ならそれほどの差はないと言うわけだ。

 真気が通った武具は、それほどまでに恐ろしい。

 まぁそれでもやっぱり、真剣の方が切れ味は高いけどな。

 そんなことを考えつつ、俺は言う。


「重蔵様、いろいろあるかと思いますが、今日は木刀にしておきましょう。決着もわかりやすいかもしれませんし」


「ほう? 確かにな……折れればそこで、というわけか……思い出すな」


 思い出すのはまさに殺し合いをしたあの時のことだろう。

 あの時、俺は重蔵を殺そうと木刀を振り下ろし、そしてそれが出来ずに折ることになった。

 今度は、そういう形ではなく、折れるまでやろうということだ。

 考えてみれば、真剣よりも危険な戦いになるかもしれないな。

 真剣なら急所に寸止めすればそこで決着するが、木刀なら俺たちは防ぎようがあるからだ。

 たとえ突きつけられても降参する必要がない。

 もう立てなくなるまで、もしくは木刀が折れるその時までは。

 そんなことを知らずに、紫乃はほっとした様子で、


「で、では私たちは端の方で見学させていただきますので……長老様がたも、こちらに……」


 バスツアーのガイドよろしく、手を挙げて古老たちを連れていく。

 なんだか面白いな。

 歴戦の呪術師が素直にゾロゾロ、若い娘についていく姿というのも。

 まぁ古老からすれば紫乃は孫のようなものなので、むしろ楽しいのかもしれない。

 俺たちは遠足の出し物のようなものか。

 

「さぁ、武尊よ、やろう」


 重蔵が木刀を二本手に取り、片方を俺に投げてくる。

 それを受け取り、俺は、


「あぁ、やろう」


 そう言って頷いた。

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