第365話 懐かしい姿

「じゃあ始めるぞ。覚悟しとけ」


 俺がそう言うと、重蔵が黙って頷いたので、その背中に手を置いた。

 重蔵は男だし、正直服は着てない方がやりやすいので、上半身だけ脱いでもらっている。

 いくつもの傷が刻まれた体には、長い年月に渡る戦いの歴史を感じた。

 俺は五十年、あの大封印の中で修行していただけだが、重蔵はその間もずっと、妖魔と命懸けの戦いを続けてきたのだなと改めて理解させられる。

 俺も俺で命はかかってはいたのだが、重蔵の年月には重みを感じるな。

 そこで、あぁ、と思う。


「この古傷に愛着とかあるか?」


「……いや? 治癒系の気術をかけても消えなかった、しゅのこもった傷であるだけだからな。流石に年月を掛ければ呪は抜けたが、傷跡は消えん。それだけだ」


「じゃあついでに消しておこう」


 そして、俺は背中から気を流す。


「むっ……これは……なるほど、心地いいな……」


 重蔵がそう呟く。

 蘭や椛、それに紫乃は少し苦しそうだったが、重蔵はそういうことはないらしい。

 この違いはなんだろうな。

 やはり、仙気を持っているか否か、か?

 紫乃もあれでほんの少しくらいはあったのかもしれない。

 しかし若返るほどではなかったか。

 重蔵はそういう意味でいうと透き通った真気を持っている。

 うーん、本当に重蔵の気は研ぎ澄まされているな。

 混じりものが一切ない感じだ。

 そういう部分も影響しているのかもしれない。

 無理やり真気を流し込まなければならないような感覚がない。

 直接体に触れている、というのもあるか。

 こういう違いがあるのは面白いものだ。

 真気を流し、重蔵の真気の器がいっぱいになったところで、少しばかりそれを押し広げる。

 重蔵ほどに鍛え上げられていても、まだ余裕はある。

 というか、人間の持てる真気の量には、本来限界はないのかもしれない。

 それを人生の中でどこまで広げられるか、というだけの話なのかも。

 俺はそれを人工的に無理やり、広げられるというだけで。


「おぉ……これは。これほどの真気が……」


 重蔵も器が広げられたことを感じたようで、そう呟く。

 そしてここからは、《治癒》だ。

 流石の重蔵も、内臓などには痛みがある。

 気術にも治癒系はあるし、定期的にかけてはいるのだろうが、気術士には真気に対する抵抗力があり、真気の量に差がありすぎると治癒すらも通りにくくなったりするのだよな。

 そのため、外傷なら十分に治癒できても、内臓の治癒までは難しいことがある。

 その点、俺の場合、誰が相手でも可能だ。

 俺の真気は正直、現存する気術士の誰よりも多い自信がある。

 まぁもしかしたら俺に匹敵するやつもいるのかもしれないが、少なくともまだ見たことはない。

 だから重蔵だって治せる。

 そして、その《治癒》の真気の中に、一定の割合で仙気を混ぜ込むのだ。

 そうするとで、体が徐々に若返っていく。

 匙加減を知るのに何匹もの虫やネズミを酷い目に遭わせてしまったが、もう俺はその匙加減を理解してるので、そうそう事故は起こらないはずだ。

 まず、重蔵の古傷が消えていく。

 そしてカサついた肌がみずみずしさを取り戻していき、白髪混じりだった髪が黒々としたものに戻っていく。

 さらに体が徐々に縮んで……ってこれはまずいな。ここで止めるべきだ。

 慌てて俺が気を止めたところで、重蔵は自分の両手を見る。

 さらに立ち上がり、部屋に設られた鏡を見て、


「……おい、尊。これは若すぎるのではないか?」


 そう言ってきた。

 そこに立っているのは、かつて俺を殺した時と同じ姿の重蔵……つまりは十五歳ほどの彼であった。

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