第360話 印象
「なんだか大妖相手でも、なんとかやれるような気がしてきたねぇ。意見を聞いてよかったよ……で、最後の一人、あんたはどうなんだい、武尊様」
椛が意味ありげな視線を俺に向けて尋ねる。
他の人間から見れば、単純に興味深げな視線を向けているようにしか見えないだろう。
実際、そういう意味合いの感情も椛にはあるとは思う。
けれどそれ以上に、俺がかつて大妖と退治したという経験から来る、正しいアドバイスが俺の口から出てくることを求めているのだ。
しかし……。
「私は……北御門の分家でも大した家の者ではありません。ですから、この大妖を前に、二人のような良い意見がすぐに思い浮かぶこともないです」
これに意外な表情をしたのが椛だ。
俺からは必ず、何かを引き出せると思っていたのだろう。
だから、
「何を言うんだい……あんたは、そんなもんじゃないだろう……何か、何かあるんじゃないかい……」
と少し縋るように尋ねた。
だが、本当に大したアドバイスはないのだ。
何せ、言うべきことは咲耶と龍輝が言ってしまったからな。
その上で俺が言えることと言ったら……。
「そう、ですね。私が思うに……」
「思うに?」
身を乗り出して尋ねる椛。
その様子は、見た目と相まってどこか好奇心の強い童女のようであった。
俺はそんな彼女に苦笑しつつ言う。
「あそこに見える巨大な腕、それにこの場に広がる大きな妖気……確かに大したものですが……」
そう、大したものだ。
確かに大妖と言うに足りる、恐ろしい妖気なのかもしれない。
千年前にも封印することでしか対応することができなかった、伝説の妖魔の一匹がそこにいるのも本当なのだろう。
しかし、しかしだ。
「普通に倒せると思いますね」
「……え?」
椛が目を見開いた。
他の面々も、どこか呆気に取られたような表情をしている。
俺はそんな彼らの反応を無視して、続けた。
「片腕がすでに出ているわけですから、あそこから漏れ出る妖気でその全体像は大体掴めます。その上で、私にはあの大妖が、絶対に倒せないものとはとてもではないが思えないのです。ましてや、京都の呪術師の総力を結集し、我ら北御門の力、それに加えて東雲の剣士たちの応援もあるのであれば……」
──完封も可能でしょう。
そう言った。
そんな俺に、みんなはしばらく絶句していたが、少しして、くつくつとした笑い声が椛の口から漏れてくる。
「くっくっく……一体何を言うかと思えば。あんた、そんなことを考えていたのかい……」
「おかしいですか?」
「おかしいかだって!? 底抜けにおかしいに決まってるじゃないか! 大妖だよ! 世界の敵だ! 最強の妖魔の一体だ! それなのに、それを相手にして普通に倒せる、完封も可能だって!? 馬鹿げた話だ!」
「ですけど……」
それが俺の印象なのだ。
大封印の中で、俺は温羅と五十年、相対し続けた。
あいつから受けた圧力に比べれば、あいつから感じられた冷たい殺気に比べれば、あいつが転生術式に注ぎ込んだ隔絶した妖気に比べれば、目の前の大妖の力など……塵芥に等しいと言っていい。
そんな俺の目を覗き込み、椛は笑いを収めて、静かに聞いた。
「信じて、いいんだね?」
だから俺は言うのだ。
「俺は嘘は言いませんよ」
「よし分かった。やろう。あいつを倒そう。私たちの総力を上げて!! それでいいね」
「はい」
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