第357話 大妖

「……蘭様! 陽司様が……!!」


 封印があるというその場所に足を踏み入れる前に、そんな叫び声が通路に響いてきた。

 必死そうでいて、息も絶え絶えだ。

 マラソンでも走った後のような、限界を超えた呼吸をしている。

 それに応じたのは、聞き覚えのある声だった。


「……陽司は下げとぉくれやす」


 蘭のものだ。

 もちろん、以前聞いたものよりも若返っている。


「ですが、そうしたら三番柱の維持が……」


「その分、うちがやるしかなおすなぁ……きつおすがしゃあないどす」


 そして、内部から感じる蘭の真気の圧力が増えた。

 自ら口にした通り、封印の一部を自ら担うことにしたのだろう。

 ただし、まだ余裕があった。

 やはり若返りの効果があるようだな。

 加えて、器の拡張も意味があったようで良かった。


「……では、中に」


 神主がそう言って先に進む。

 俺たちも続くと、そこはかなりひらけた、ホール上の空間だった。

 八本の岩の柱が立っていて、そこには強力な真気が注がれているようだった。

 一本につき、一人の気術士……いや、呪術師か……が、ついてその身に宿る真気を一滴も残さないくらいの勢いで注いでいる。

 《八柱封印術》と呼ばれる、古い封印術だな。

 その基礎の作り方は現代においては忘れ去れてしまったものだが、維持についてだけは柱に真気を注ぎ続ければ可能というもの。

 見れば、基礎の部分に仙気が使われているのが分かり、なるほど、あれは仙術も併用しているがゆえに、現代では再現できないわけか、と納得がいく。

 実際、劣化したものならば作れるのだが、同じ効果は出ないと言われているのだ。

 それはそこに原因があるのだろう。

 土御門家に仙具の類が残っていることから、最低でも仙気を扱える術師が、千年前にはいたということだろうな。

 

「これが、大妖の封印……」


 龍輝が、感心した様子でそう呟いた。

 こういった巨大かつ強力な封印は、存在や仕組み自体は学ぶものの、実際にこうして目の前で見る機会は、通常存在しない。

 破壊されるとまずいために、通常は当主クラスにしか存在する場所が教えられないためだ。

 崩壊間近でなければ、俺たちもつれてきてはもらえなかっただろう。

 しかし、こうして見ればわかる。 

 ここの封印はやはり限界近いということが。

 何せ……。


「……何者かの……腕が出てきていますね」


 咲耶がそう言った。

 彼女の視線の先には、八本の巨大な岩柱の中心にある、漆黒の空間がある。

 そこにはバチバチと柱から発せられる雷撃のような封印が網のように走っているが、その網を破るように一本の腕が見えているのだ。

 それ以外は何も見えないのだが、あれこそが……。


「あぁ、あれがここに封じられた大妖、大天狗のそれだと言われているよ」


 椛がそう言った。


「大天狗、ですか……」


 咲耶がそう言ったので、椛が説明する。


「あぁ。と言っても、私たちも本当にそうなのかどうかは断言できないのだが……数ヶ月前までは、あのような腕など出てきてはいなかった。ただただ暗い穴があるだけでね。だが、徐々に……指が出てきて、手首まで這い出し、そして今ではほとんど片腕が露出するほどになってしまったんだ。このまま行けばどうなるか、想像するまでもないだろう?」

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