第352話 理由

 椛のこの話が、もしも俺を騙すための嘘だというのなら相当な役者だが、そんなことをする意味も理由も彼女には存在しない。

 そもそも、俺がここに来なければ彼女は寝たきりのまま、早晩死んでいくことになったはずだ。

 その状態で一体いかなる陰謀を俺にぶつけてくるというのか。

 仮定する意味すらない話だった。

 だから彼女の言葉はおそらくは本心なのだろう。

 そしてそう思うと、心が温かくなるところがあった。

 何せ、あの頃の……前世の俺に、家族以外の理解者などいないと考えていたのに、思ったよりもいたらしいということになるからだ。

 重蔵しかり、あの頃の俺には何も見えていなかったのだと、今世ではつくづく感じさせられる。

 だから俺は言った。


「ありがとうございます……そんな風に言っていただける人に、こうして時を隔てて出会えるとは思ってもみませんでした」


 俺の言葉に、椛は、


「そうかい? あの頃、貴方様のことをどうにかしてやりたいと……そう考えていた人間は、結構いたものだよ。ただ、北御門の御曹司だからね。それに、あの頃の貴方様は……強くあろうと必死だった。変な同情で手を差し伸べるのもおかしいと考える人間が多かった。だからね……もどかしくて。結局、何も出来ずに終わり、何かすれば良かったと思った頃には後の祭りだったわけだが」


 そう言った。

 これも意外な話だな。

 味方がいないと、その中でも頑張るのだと、気を張りすぎていたのかもしれない。

 誰かに弱音を吐き、頼っていれば……色々と違ったのかもしれない。

 それこそ、後の祭りかもしれないが。

 

「そうだったのですか……」


「あぁ、そうさ。それにしても……どうやって生き延びたんだい? あの鬼神島から脱出するのはまず不可能だと思うのだが……見た目が若いのは、やはり歳をとっていないということなのだろうね。仙気を手にされたか……」


 さらに意外なことを言う椛だった。

 仙気って、なんでそういう話になるのか。


「なぜ、私が仙気を扱えると?」


「ふむ? でなければ、七十年近く前に亡くなられたはずの貴方様がそのような若々しい姿でいるのは不可能だからね。それに……私の身に起こったこの現象も加えて考えれば、自ずと明らかだ。そもそも私だって、仙気を僅かだが、手にしたのでね……貴方様から力が流し込まれた時、仙気がそこに混じっていることには気づいたよ」


「椛様が、仙気を……?」


「どうしてそこまで驚くんだい? 私と同じような経験をしているはずだが……北御門にしろ、土御門にしろ、古い家には昔の宝物がたくさんあるだろう。その中に、仙気の込められた仙具があることは、間々ある……まぁ、普通の気術士から見れば、ただの置物とか武具とかにしか見えないし、使えもしないものだからガラクタ扱いされがちだが、うまく波長があった場合には……仙気を手にすることも出来る」


「では椛様はそれで……?」


「あぁ、色々な実践を土御門でしたと言ったろ? その中に仙具関係の実験なんかもあったからね。もちろん、仙具とは知らずに手にしたんだが……結果、私の力は強まった。仙気は手にしたところで、それを感じ取れるようになって、真気が増え、寿命が延びる、くらいの効果しかないみたいだがね……古くは不老長命になれるとも文献には残っていたが……私や蘭が若返ったのは、その辺りに理由があるのではないかと思うよ」

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