第351話 理由

 ……なぜ分かったんだ。

 ヒントなんて何一つないはずだ。

 いや、強いて言えば名前だが……この年まで生きていて思うが、かつての俺の名前にあやかって、タケル、という響きの名前をつける気術士というのが結構いる。

 それを考えれば、別に名前なんてヒントになんかならない。

 それだというのに。

 とにかく、顔に出さないようにしなければならない、と瞬間的に思ったが、もう遅かった。


「はっはっは! 多少、ブラフを効かせたつもりだったんだが……その顔はやはり、当たりのようだね。いやはや、これは驚いた……それに、良かった。生きていたんだね……武尊様」


 椛はそう言った。

 俺を見る視線には先ほどまでとは違い、確信が宿っていて、もう何を言ったところで反論は無意味そうだ、と俺は理解した。

 加えて、なんというかうまく言葉にし難いが……とても嬉しそうなのだ。

 俺がこうして存在していることに対してなのは、明らかだが、いったいなぜ……?

 まぁ、人間諦めが肝心だ。

 こうなっては話さざるを得ない、と思った俺はため息をついて言う。


「……どうして、お分かりになったのですか? 俺は、何一つミスはおかしてない……」


 困惑する俺に、椛は言う。


「そうだね。武尊様は何一つとして、ミスはしていないと思うよ。ただの女の勘さ……と言えれば格好良かったのだけどね」


「違うのですか? 椛様にはそのような、勘がありそうだと思ってしまいますけど……」


 なんというかな、人としての器が違う感じがあるのだ。

 真気量とか、気術士としての強さとかは俺の方が確実に上だと思う。

 だが、それでも逆らうことのできないような、何かがこの人にはあった。

 それに、つい頼りたくなるような、母性みたいなものも……いや、マザコン気質とかじゃないんだけどな、俺は。

 そんな俺の言葉に、

 

「勘は確かに聞く方だが……もっと論理的に答えを出したよ。まず、私は貴方様をこの目で実際に見たことがある。あの日も、私は土御門家の人間として、北御門に協力するためにあの場所にいた。ちょうど今日の逆だね」


「俺の……真気をご存知でしたか」


 ここまで言われれば、まぁ理解できる。

 人間の真気には、意識しない限り、人によって指紋のように異なる波長がある。

 普段、俺はその波長を前世のものとずらしているのだが……今回についてはな。

 直接、真気を注がなければならない関係で、それが難しかった。

 それでも普通は俺の前世の真気なんて、知っている者はまずいないし、いたとしても俺も向こうを知っていると意識できるからな。

 気をつけられたのだが……深くは知らないが、しかし確かに俺を知っていた古老までは流石にフォローしきれなかった。

 いや、もしそうであったとしても、七十、八十年前に見た真気の波長など、普通は覚えてられないのだが……。

 

「あぁ、そういうことさ。武尊様……尊様と言うべきか。あの日の貴方様の覚悟と、顛末を私はよく覚えている。帰ってこなかった時の悲しみも……」

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