第348話 気術と呪術
「……それは、冗談ではなく、かい?」
椛が怪訝そうな目で、しかし多少の希望を持ったような、複雑な表情をしながら紫乃に尋ねた。
紫乃はこれに少し強張った表情で答える。
「……はい。もちろん、荒唐無稽なことを言っていることは自覚しています。ですが、私は見たのです。後で確認していただければ、確実に信じてもらえると思いますが……」
当然のこと、蘭の姿を見れば一発だろう。
しかし、椛は意外なことに首を横に振って、
「……いや。その必要はない。紫乃がそう言うのなら本当なのだろう。私に嘘をつく理由なんてないだろうからね」
「大お祖母様……」
「しかしそれが本当なら、すごいことだ。気術士も呪術師も、そして邪術士すらも決して実現できていない、不老不死……それに等しい偉業だからね」
事実、邪術士はそれを目標とする者が多いな。
そして、人体実験などは気術士に許されていないため、家や組織を抜けて邪術士になっていく。
規律が厳しすぎるところも確かになくはないから仕方のないところではあるが。
まぁそれでも、俺の前世の頃よりはずっと緩くなっているとは思うけどな。
邪術士を改心させたところでそのまま受け入れるなんて真似はあの頃はまずなかった。
しかし美智の下にある北御門家では、それを可能としている。
時代に従って、組織も大きく変わった、と言うことなのだろう。
「そこまでかは私には分かりかねますが……大お祖母様、《治療》を受けてくださいますか? もちろん、失敗する可能性もあります。ですが、武尊様によれば、その場合でも何かしらダメージを受けるようなことはないとのお話でした。むしろ、体調が良くなり、真気が充実するだけだと。そもそもがそのような術でありますゆえ……」
紫乃の言葉に、椛はくつくつと笑い、
「ふふ、断る理由がどこにあるって言うんだい。さっきも言ったが、老い先短いこの身だ。たとえ万が一その術を受けて死んでも、誰も損はしないさ。しかし、成功すればこんな私でも、家のため、そして京都のため、日本にために力になれる。こんなに嬉しいことはないさ……武尊様」
そして、椛はその場で改まって、俺に向かい、
「……はい」
「実験台でもなんでもいい。私を……この体を自由に動けるようにしていただけるなら、どうかお願いできませんでしょうか。どうぞ、よろしくお願いいたします……」
そう言って深く頭を下げる。
俺はそれに頷いて、
「承知しました」
そう言ったのだった。
*****
と言っても、やることは単純だ。
先ほど蘭に施したことと同じ。
真気の充填と、身体の内部、外部を問わない傷の回復である。
何が作用して若返りまで行ったのかは謎だが、同時に行うことが重要なのかもしれないから、先ほどと同じようにやる。
「少し体が膨れるような感じがするかもしれませんが、真気を注いでその器をわずかに広げるだけですので、あまり気にされなくて大丈夫です」
椛の背中に手を当てて、そう言った。
これには紫乃も、
「私も同じ術を受けましたが、少し苦しい程度で済みました」
と安心させるように言う。
椛は、
「ふむ? 紫乃は別に若がっている様には見えないのだが……?」
と尋ねた。
「私に関してはまだ力が円熟していないことが理由ではないかと、ということのようです。もちろん、これも推測でしか過ぎないそうですが……」
「そうか。まぁ呪術にも仕組みがわからないがなんとなく使ってる効果の高い術とかたくさんあるからね。気にすることもないか」
これには俺も気になって、
「そうなのですか」
と尋ねる。
すると椛は、
「ああ。気術と比べると、呪術は安全性を犠牲にする傾向があってね。新術の開発も気術の場合はかなり気を使うが、呪術はなんとなく出来そうレベルで実践を始めたりするから……しかしその代わり、たまたま成功したりもするんだ。まぁ危なかっかしいことこの上ないね」
「……恐ろしいことで」
「邪術士に近いよ。ま、いろんな家のやり方があるのさ。だから今回のこれも、そんなものの一環だと思えばいくらでも経験がある。だから、さぁ、初めてくれ」
「承知しました」
そして、俺は椛への真気の注入を開始する。
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