第345話 辞去

「では、そういうことで失礼致します……」


 土御門蘭との事務的な相談まで終え、咲耶がそう言って、俺たち三人は頭を下げて部屋を辞去した。

 紫乃もそれについてきている。

 というか、当主の部屋から俺たちの部屋までの道のりが複雑過ぎて分からないので案内が必須なのだった。

 普通の家屋だったらどれだけ複雑でも覚えられるが、気術的な結界が張られている。

 もちろん、解析すれば全然どうにでも出来るのだが、他人のテリトリーでそれをするのは失礼極まりないのでやらない。

 土御門家は、今では確かに北御門家よりも規模の小さな家になってしまってはいるのものの、気術士というのは歴史をそれなりに尊重する。

 それは、無謀な大妖退治に参加して死んだ俺にすら、現代の気術士がそれなりの敬意を払ってくれていることからも想像できるだろう。

 邪術士ですらたまに俺の名前に「様」をつけるからな。

 むず痒いというかなんというか……。

 

「……あの」


 部屋を出て、しばらく進んだところで紫乃が口を開く。

 標準語だな。

 俺たちに対するわかりやすさを優先してくれているのだろう。

 京都弁はどうしても分かりにくいというか、もしかして嫌味なのか?みたいな不安がちょっとある。

 だから俺としてはこっちの方がありがたいな。

 そんなことを考えていると、咲耶が尋ねる。


「なんでしょうか?」


「いえ……あの、すみませんでした」


 紫乃が頭を下げて謝ったので、俺は首を傾げる。

 しかし、咲耶と龍輝の表情には納得感があった。

 ……どういうことだ?

 そう思っていると、紫乃は俺の方に向き直る。


「……なんだ? どうかしたのか?」


 俺が尋ねると、紫乃は、


「……武尊様を侮った態度を取ったことを、謝罪したくて……本当に申し訳なく存じます」


 そう言った。

 それを謝りたかったのか? 

 いや、俺としては全然構わないが……と思って咲耶をみると、フンスー、という感じで随分と満足そうな表情をしていた。

 龍輝を見れば、まぁそうなって当然だろうな、みたいな感じの顔である。

 正直、これについては別に紫乃が悪いとかではないのだ。

 今の俺は、仙人修行の影響で、誰から見ても普通の人間にしか見えなくなっている。

 気術士的な感覚だと、駆け出しくらいにしか見えないのだ。

 これは仙人の基本が自然との同化にあるからだ。

 誰にも違和感を感じさせない、そこにあってそこにない存在、それこそが仙人の全てだ。

 だから俺は言う。


「いや、それについては全然構わないぞ。大体、俺にできることなんてたいしたことじゃない」


 ということにしておく。

 真気の譲渡は出来るが、まぁあれはある種の特殊能力ということにしておいた方がいいかなとか。

 気術士にはたまに変な力を持っている奴がいるからな。

 それで押し切ることは十分にできる。

 しかし、紫乃は言う。


「大したことないなんて……お母様……当主様を、あのように若返らせる力をお持ちなのですから、そんなことは」


 あれはたまたまな結果だからなぁ。

 

「あれは不思議な現象だったな。紫乃にかけたときはそんなことは起こらなかったし。全盛期に戻す効果があったのかもしれないが……」


「私はすでに全盛期ということでしょうか……」


「いや、まだそこまで至ってないということじゃないか。まだ修行中だろう。しかし、蘭様はすでに円熟されて、問題は肉体の衰えのみだったからあの年齢、ということではないかな。試してみたいところだが……」


 検証しないとどういうことか調べようがないしな。

 そう思ってふと言ってみたことだが、紫乃が、


「でしたら……試していただきたい人物がいます。いえ、もちろん気が進まなければお断りいただいて結構ですが……」

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