第341話 変化

「じゃあ、始めるぞ」


 俺がそう言って、紫乃の背中あたりに手を与えると、


「は、はい……」


 と少し怯えた様子で彼女は返事をした。

 なんだかんだ言いつつ、やはり怖いのかもしれない。

 まぁ気術士呪術師として勉強家であればあるほど、気術を失敗した時に恐ろしさというのは身に染みて知っているものだからな。

 そういう意味で紫乃も勉強家であるのかもしれなかった。

 とはいえ、俺は失敗するつもりはないけれど。


「んっ……」


 俺の手のひらから、紫乃の背中に向けて真気が流れていく。

 元々紫乃はそれほど真気を酷使はしていないだろうと考えていたが、思った以上に使われているな。

 何かに使っていたのだろうが……分からない。

 後で聞けばいいか。

 真気が充実している状態より、空っぽに近い方がこの真気の譲渡の効果を実感しやすいだろうし、ちょうどいいとも言える。

 ただ、それでも紫乃の真気はそれほど大きくない。

 咲耶や龍輝の十分の一程度かな?

 それでも、この年齢の術士としては飛び抜けた量なのだが、いつも見慣れている存在である二人がいるから、こんなものかな、という気がしてしまった。

 そして、真気が完全に満ちたあたりになっても真気の充填はやめず、器を少し広げてやる感じで多めに注いでいく。

 

「なるほど、苦しいってこういうことなんどすな……」


 と納得したように呟く紫乃。

 そして、一度の譲渡で広げ切れる限界まで広げて、俺は紫乃の背中から手を離した。

 すると、がくり、とバランスを崩したので、倒れないように支える。

 額には冷や汗が滲み、息が荒い。

 最初にこれをやった時、誰もがこのような状態になるものだ。

 それなりの負担がかかるからな。

 平然といられる人間は滅多にいない。

 しかし、それだけの効果はある。

 紫乃は少し息を整えてから、自らの力でバランスを取り戻し、それから自分の体内を巡る真気を確かめるように目を瞑った。

 そして……。


「すごい、こないなこと。自分の呪力が自分のものとちがうみたいどす」


 そう呟いた。

 そんな彼女に、蘭が、


「確かに、先ほどまでの紫乃の力とは比べ物にならなおすなぁ。力の量もやけども、鋭さ、圧力も変わってるように見える」


 そう言った。


「そうどすか、お母様から見てそうならば、事実なんどすな……」


「ほして、後遺症など感じる?問題なさそうに見えるけど」


「いいえ、特には。これならお母様に施してもろて、構へんと思う」


 どうやら、紫乃も納得してくれたらしい。

 だから、俺は言う。


「では、早速、かけさせてもらってもいいでしょうか?」


 特に急いでいるわけでもないが、体調が悪いのであれば早い方がいいしな。

 そう思った俺の言葉に蘭は頷いて、


「ええ、よろしうお願いします」


 そう言ったので、俺は彼女の後ろに周り、紫乃にするのと同じようにした。

 そしてすぐに、


「始めますね」


 そう言って真気を注ぎ始めた。

 すぐに分かったのは、蘭の体内……真気の通路も含めてだが、かなり傷んでいることだろう。

 おそらくは、封印の維持で相当体を酷使してるのだ。

 これではただ真気を補填しただけではよろしくない。

 そう思った俺は、


「……少し治癒の方もかけさせてもらいますね」


「へぇ?」


 同意を取ったと思ったので、治癒もかけていく。

 すると、


「っ!? あぁっ」


 と、蘭は声にならない声を上げるが、多少の負担は仕方がないものと思って続けた。

 かなりの痛みだったので、強めに治癒をかけ始めたが、考えてみればこれが問題だった、と気づいたのは後のことだった。

 

「……? お母様の……顔が……」


 と紫乃が首を傾げていたが、俺は背中側だから何も見えてなかった。

 そして、全ての作業を終え、


「完了しました。いかがですか?」


 俺がそう尋ねると、蘭は流石に土御門の当主だけあって、しっかりとした姿勢のまま、答えた。


「……問題、おまへん……だいぶ楽になってました……いえ、こら以前より……?」


 少し不思議な反応をしていて、その段階で、あれ、と俺は思う。

 そしてその理由は次の瞬間、紫乃が叫んだことでやっと分かった。


「お母様! 若返ってます! 二十歳くらいに……!!」


 ******


後書き。

書く前にバレてしまっていたなぁ……。

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