第338話 土御門家の実情

 真夜中二時、土御門家の正門前に黒塗りの車が静かに止まる。

 運転手が降りてきて、後部座席のドアを開けると、そこから着物姿の四十がらみの女性が降りてきた。

 妖艶な雰囲気の顔には、今、疲労の色が見えていて、正門を視界に入れるとホッとしたように息を吐いた。

 その正門が、女性が近づく前に開き、そこから少女が一人かけてくる。

 少女はそのままの勢いで女性の元へと走り、そして抱きついた。

 女性はふっと笑い、そして言う。


「……紫乃、もう子供とは違うんどす。もう少し慎みを身につけたらええのに」


 ただ、厳しい言い方ではなく、愛情のこもった言い方だった。

 紫乃はそれに対して、


「そやけど、お母様。もしものことがあったらと思うと毎日怖いの。今日かて大変やったやろ」


 そう言った。

 そう、この着物姿の女性は、紫乃の母親。

 土御門家現当主である、土御門蘭つちみかどらんだった。

 

「大変は大変どすけど、仕方がないことどす。こらうちらの使命なんどすさかい」


「使命って言うけど、他の人に任せたったらええやん。逃げたってええはず」


 我儘を言うようにそう母親にごねた紫乃だったが、蘭はぽん、と紫乃の頭を撫でて、


「……あんたもわかってんやろ。それは出来ひんことやと」


 真剣な声でそう言った。

 言われるまでもなく、紫乃にも理解できていることだった。

 ただそれでも、


「でも……」


 そう言い募りたくもなる。

 けれど、


「それより、お客様たちがいらしたのやろ? どないどすか?」


 話をずらすように言う蘭に、これ以上は無理は言えないと感じたのか、紫乃は、


「感じのええ人たちやで。一人は北御門のご令嬢で、一人は分家筆頭の時雨家の方。うち、驚いてしもうたわ。最後の一人はパッとしいひん感じの人やけど、悪い人ではなさそう」


 一人一人の顔と名前、それに感じられた力などを思い出しながら語った。

 それに対して、蘭は、


「北御門のご令嬢? 直系の人が来たんどすか……。それに分家筆頭まで。これは、期待してへんかったどすけど、本気で助けてくれるつもりがあるようどすなぁ……ありがたいことどす」


 そう言った。

 蘭の言葉に、紫乃の表情はパッと明るくなって、


「やっぱしそやな。よかった。これでお母様の負担も軽なる」


「そうやとええんどすけどなぁ。たとえ助けてもらえるにしても、簡単なこっちゃあらへん思うわ」


「封印は……今、そないに厳しいの」


「いつ壊れるか分からなおすなぁ。今も全力で交代しながら事に当たっとるけど、時間の問題ちゅうところやろ」


「そんな……うちも封印に参加するわ!」


「あんた一人加わったところで何も変わらしまへんよ。それよりも、お客様たちに細かな説明をせな。まだ当主として挨拶も出来てへんのどすし」


「ちゅうことは、朝まではいるん?」


「そうどすなぁ。明日一日はいる予定どす。流石に疲労が限界に来とって、一日かけて呪力を回復せな、どうにもならしまへんさかい」


「よかった……えらい引き止めてもうてかんにんえ。中に……」


 そして、二人は連れ立って土御門家の中へと入っていく。

 

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