第331話 約束
「京都を見捨てる、か……」
俺はその言葉に考え込む。
美智はそんな俺に何を思ったのか、
「……お兄様としては、どのようにお考えですか?」
そう尋ねてきた。
別に俺が決めることじゃないというか、こういうことは四大家だと当然、当主が最終的に決定することだ。
だから俺は言う。
「特に俺は何も。美智の決定に従うよ」
しかし美智は首を横に振って、
「私はお兄様のご意見を伺いたいのです。忌憚のない意見を」
そう言ってくる。
まぁ……美智にそうそう真正面から意見を出来る人間はいない。
だが、俺は前世、美智の兄だったという事実があるから、何も気にせず言えるだけだ。
本来なら、分家の人間がそんなことなどできるはずも無いことだからな。
「そういうことなら、率直に言わせてもらってもいいのか?」
「ええ」
「じゃあ遠慮なく……見捨てない方がいいんじゃないかな」
「それはどうしてですか? やはり、見捨てるのは……気が引けますか?」
昔にはあまり見せることのなかった鋭い目でこちらを見つめてそう尋ねる美智には、当主としての迫力が感じられた。
いいな。
妹が凛々しいよ。
だが、彼女が考えたような理由で見捨てない方が言っているわけではないのだ。
俺は言う。
「いいや。別に京都だけの問題ならそれでも俺は気にしないよ。薄情な話かもしれないが」
「ええと、では一体……?」
肩透かしを受けたような表情になった美智が再度訪ねてきたので、俺は言った。
「俺が転生した時の話を覚えているか?」
「それはもちろん……」
「じゃああの鬼が……温羅が、同格の存在に触れたことも話しただろう?」
「あぁ、そのようなことをおっしゃっていましたね……ですが、それが?」
「俺はあの鬼は大妖だっただろうと考えている。そしてそのようなものの同格といったら、同じく大妖だろうさ」
「論理的に考えれば、確かに……それがどういう……」
「温鬼は言っていたからな。いずれ封印が解けると。自分の封印も、もう少しで解けそうだったが、それよりも他の奴らの方が早いと。つまり……」
ここまで話せば、美智にも理解できたようだ。
「これから……京都に限らず、大妖の封印が、解けていく……? そんな、まさか……そんなことが起これば……」
「そうだな。日本のどこにいてもあんまり変わらないんじゃないか? また封印するか、倒せない限りは」
「だからお兄様は、京都を見捨てるべきではないと……? 一匹でも多く、早く大妖を倒しておくべきと」
「概ね、そういうことだな。それと、俺は温羅と約束してるんだ。あいつと同格の存在をどうにかするってさ。京都の大妖がどういうやつなのかは分からないが、そいつはまさに温羅と同格だ。倒さなければ、約束を破ってしまうことになる」
「そうですか……私が見捨てるように言ってもですか?」
「四大家としてはそれでいいだろう。ただ俺は個人で京都まで行ってくるぞ。別にそんな行動まで止めないだろ?」
「止めないというか、止めようがないですね。お兄様以外でしたら、ひと睨みすれば止められますが、お兄様はその程度では、止まらないでしょう?」
「美智が睨んだって可愛いだけだからな」
「可愛いって……こんな歳の女に言うことではありませんよ」
「美智はいつだって、俺の可愛い妹だよ。年齢なんて関係ない」
「口がうまいんですから……はぁ、分かりました。そういうことでしたら、お止めしません。北御門としても、バックアップを考えましょう。考えみれば、呪術師協会に恩を売っておけば今後の付き合いも優位に立てますし」
「おぉ、心が決まると段取りが早いな」
「一刻を争う事態ですからね。お兄様は……咲耶と龍輝を連れて現地入りしますよね?」
「あぁ、色々よろしく頼む」
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