第329話 裏切り
「いい話と悪い話、どっちからお聞きになりたいですか? お兄様」
北御門本家でそう尋ねてきたのは、北御門家現当主である美智だった。
だだっ広い部屋には、上座に美智が、そしてその正面に俺がいる。
他には誰もいない。
真気を探っても近くには一切人の気配がないことから、人払いをしているのだろう。
俺としては気楽だ。
「それはもちろん、いい話からだ」
「あら、どうしてですか?」
「悪い話を聞いてからだと、嬉しさがなんか半減しそうだろ」
「なるほど。でも、悪い話から聞けば、あとはスッキリ、後のことを気にしなくても良くなるという利点もありますよ」
「人生は有限だとそれこそ骨の髄まで知ったからな。楽しい思い出は出来るだけ早めに味わっておきたいんだ」
「一度亡くなった方がおっしゃると含蓄がありますね……では、いい話から」
「あぁ」
「今回、お兄様たちが襲撃、制圧した《黒の月》のアジトにて、数多くの資料が得られました。それにより、裏切り者の存在がはっきりとしました」
それを聞いて、俺は、お、と思う。
何せ、今まで多くの邪術士組織を潰してきたが、肝心な情報はさっぱり、という場合が大半だったからだ。
情報管理が上手いのか、襲撃されかかった時点で全ての情報を廃棄しているのか、それは分からないが、少なくとも、大きな成果、と言えるものが見つかったことは少ない。
しかし今回ばかりはそういうことをしている暇がなかったのだろうな。
澪に暴れ回ってもらったし、俺たちは内部を歩き回っていたし、あの状況で隠蔽工作するのは難しかったのだろう。
「それで、裏切り者って?」
気になった部分を尋ねると、美智は言った。
「今まで、邪術士たちに明らかに我々の情報が流れていた、と感じさせる出来事がいくつもありました。ですから、裏切り者が確実にいることはわかっていたのですが、それが誰なのかは今まで謎でした」
「どうでもいい情報を掴ませてうまく炙り出すとか出来なかったのか」
「何度かやってみたのですが、その辺りの嗅覚が優れているのか、全く尻尾を出さなくて……」
眉根を寄せる美智。
「……まぁ、それくらいじゃないと、気術士を裏切るなんて出来ないか」
「そういうことですね」
「で?」
「はい。今回見つかったのは、契約書の類ですね」
「契約書? 何のだよ」
「あそこにはいくつも機材があったでしょう?」
「まぁ……合成妖魔とか作ったり、閉じ込めたりするような目的のための奴ならたくさんあったな」
「あれはあそこで作っているわけではなく、別の場所で作っているようで、いくつかの部品は高位の気術士でなければ製造が難しいもののようです」
「なるほど?」
「その製造の難しい部品の調達する契約を結んでいたわけですね」
「そういうことか……あれは邪術士だけでは作れないのか」
「もっと規模の大きな邪術士組織なら可能なのかもしれませんが、《黒の月》程度では難しいようです。規模が小さかったと言うわけでもないのですが、術具製造の出来る高位気術士はそうそういるものではありませんから」
術具作りは、通常の気術士が直接関わることが少ない分野だ。
大体が、それ専門の職人が作る。
だからこそだろう。
「……話は分かった。その契約とやらを結んでいたのは、どこのどいつだ」
「やはり、と言うべきか、予想通りというべきか……南雲家の分家、でしたね」
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