第327話 気絶

「……お前っ、ブソン! なんでこっちに! 逃げたんじゃなかったのか……!?」


 硴水さんのところに辿り着くと、彼はすぐに俺の顔を認識してそんなことを言った。

 短い付き合いでしかないのに、しっかりと覚えている辺り上司向きのいい男だ。

 俺はそんな彼に言う。


「色々ありまして……」


「色々? 色々ってなんだよ」


「脱出口から逃げようとしてたら、ジギさんという方がやってきて、俺から硴水さんのことを聞いて、心配してここに」


 端的に言うとそういう話になるな。

 ジギと聞いたあたりで硴水さんは目を見開き、


「あのバカ……あいつは今どうして……」


 そういうと同時に、


 ──ドガァン!!


 と言う轟音が鳴り響く。

 見れば、澪とジギ、それに花蜜との戦いが始まっていた。

 今のは澪が軽く花蜜を吹き飛ばして、その花蜜が機械設備に衝突した音だな。

 普通の人間なら確実に即死ものだが、花蜜は大した傷を負うこともなくすぐに立ち上がって再度向かっていく。

 肉体強化系に強い邪術士なのだろうな。

 そうでもなければ、《半妖魔化剤》などそもそも使わないだろうし。

 あの花蜜は気軽にあれを使っていたが、本来その身を妖魔に近づけるなど、たとえ半分であっても危険だ。

 なんらかの方法によって妖魔へと存在を近づけ、正気を保つには相当な精神力と、妖魔の力に破壊されないだけの肉体が必要になる。

 普通はそのどちらか、もしくは両方が足りずにまともな理性を持たない下級妖魔になってしまうのが関の山だ。

 そうならないだけ、花蜜も優秀な術士であると言える。

  

 まぁ、だからと言って澪に勝てるかと言われるとな。

 そう言うわけでもないのだが。

 龍、というのは本来、一個の生命として圧倒的な存在だ。

 うちで漫画を読みながらスナック菓子を食べる生活を送っているからなんとなくどうにかなりそうな気がしてくるが、普通は腕のいい気術士が束になったところで叶うことはない。

 傷をつけることができるかどうかすらも怪しい。

 それほどの存在なのだ。

 しかも、澪は数年前とは異なり、仙術まで学んでいる。

 龍仙というにはまだまだ修行が足りないものの、その入り口には確実に立っていた。

 龍仙というと、もはや神として祀られることすらあるようなレベルになってくるので、人間では相手になることはない。

 まぁ、今の澪なら、まだギリギリ相手になるような気術士邪術士はそれなりにいるかもしれないが……そのうち、人間など歯牙にも掛けないような存在になっていくだろう。


 事実……。


「あぁ、ジギ、花蜜……」


 硴水さんが、二人の倒される様子を何も出来ずに見つめ、そう呻いた。

 彼には結界を他の邪術士と共に張り続ける仕事があるからだ。

 そうしなければ、被害が拡大してしまう……強い責任感からの行動だった。

 だが、彼と共に結界を張っている他の邪術士も櫛の歯が欠けるように一人、また一人と真気を空っぽにして気絶していき、そして残っているのは硴水さんと俺だけになる。

 俺も怪しまれないように彼の隣で結界張りをしていた。

 もちろん全力ではない。

 全力で張ったら普通に澪と限界までの力比べになりかねないからな。

 あくまでも、新人として不思議ではないレベルに抑えている。

 そんな俺に、硴水さんは言う。


「……ブソン……お前、随分とスタミナあるな……」


「いえ……そろそろ限界ですね……硴水さんは……」


「俺も、もう無理そうだ……くそっ。こんなところで死ぬわけには……」


 そんな時、ジギと花蜜を倒し切った澪と目が合う。

 戦いに夢中で俺に気づいていなかったらしい。

 そこで初めて反応を見せ、


(……武尊、何をしておる?)


 という視線を向ける。

 俺は、


(まぁ気にするな。それより少し力を強めろ。もう限界らしいから)


 と視線で告げると、澪は、


(ふむ? まぁ分かった……こんなものかの?)


 と返答してきて吐息の力を強めた。

 豪炎が襲いかかり、硴水さんが、


「くっ…… くそっ……」


 と言いながら、がくり、と膝をつく。

 そして徐々に朦朧としていき、ばたり、とその場に倒れたのだった。

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