第325話 後悔先に立たず

「お、ここが脱出口か」


 硴水さんから教えられた通りの場所にやってくると、地下に向かって続く階段がそこにあるのが見えた。

 周囲には誰もおらず、すでにここを通って外に脱出してしまっているのかもしれない。

 まぁ、別に何がなんでも全員捕縛と考えていたわけでもない。

 四人しかいないのに、数十、数百人の人間が働いているこの倉庫内の人間全てを漏らさず捕まえるというのは中々至難のわざだろう。

 それでも、地下も含めて大規模な結界を張れば可能だったかもしれないが、それはやらなかった。

 人を通さない結界ではなく、別の効果を持つ結界なら、地下も含めて張っておいたんだけどな。


「……誰も来る気配もないし、とりあえずどこまで続いてるか、見てみるかね……」


 倉庫内には澪と咲耶が残っているが、危険な時は二人とも自分で逃げるだろう。

 というか、倉庫内の人間の真気を見る限り、この二人とまともに戦って勝利できるような人材はいないようだ。

 二人、それなりの力を持つ人間もいるが……というか、これはあれだな。

 花蜜という女と、ジギと呼ばれた男のそれだ。

 しかも……。


「二人揃ってこっちに近づいて来てるな……」


 そして、


「おい、ジギ! 逃げるってマジか」


「一通り回ったが、もうここはダメだ。さっさと脱出して……ん? お前は確かさっきの……ブソンと言ったか?」


 二人がここに入ってくる。

 話を聞く限り、二人揃って逃走するつもりなのだろう。

 情けない奴らだ……というのは簡単だが、周囲の状況を見て逃走を気軽に選択できるメンタルはむしろ、中々のものだろう。

 ここは相当大規模な施設だし、そう簡単に捨てるという選択は出来ないものだ。

 けれどこの二人にはそういう気負いがない。

 仕方がないから捨てる、と決め切っている表情だった。

 まぁ別に自分で出資しているわけじゃないから、ということかもしれないがな。

 っと、それよりあれだ。

 どう返答したものか……。

 少し考えてから、俺は答える。


「先ほどの……硴水さんがここから逃げろと」


「あいつがか。あいつはどこに……」


「龍が現れたんですよね? それを抑えにいくって言って……」


「あのバカが……くそ」


 ジギはそう言って、目に逡巡を覗かせる。

 それから、花蜜に振り返って、


「……花蜜。お前はとりあえず脱出口から逃げろ」


「あぁ? お前はどうするんだよ、ジギ」


「俺は……硴水に手を貸してくる。あいつは失うには惜しい人材だからな」


「おい馬鹿、龍が相手なんだぞ!? ここは見捨てて逃げるべきだろうが」


「あいつじゃなかったらそうするんだが……まぁどうしようもなかったらさっさと尻尾を巻いて逃げるさ。お前は先行ってろ」


「……くそ。仕方ねぇな……私もついてってやるよ」


「何を言ってる」


「お前がいなくなったら私が困るんだよ! おい、そこの……ブソンって言ったか?」


 花蜜が俺にそう水を向けたので、俺は言う。


「は、はい。なんでしょうか?」


「お前はそこから逃げろ。そろそろここはやべぇ。誰かが崩落システム動かすのも時間の問題だからな」


「崩落システム?」


「倉庫ごと潰れる自爆システムがあるんだよ」


「物騒な……」


「じゃなきゃ邪術士なんてやってられねぇ。脱出口も一緒に潰れるから、お前はさっさと行け」


「いえ、俺は……お二人についていきます!」


「お前……へっ。お前も馬鹿か。まぁいい。ほらジギ、行くぞ」


「お前たち……後悔するなよ」


「しねぇよ」


 うーん、後悔するだろうな……。

 そう思いながら、前を進む二人についていく俺だった。

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