第318話 通信

「脱出口なんてものがあるんですか!?」


 俺が目を見開き、驚いたふりをしてそう尋ねると、硴水かきみずは頷いて言った。

 深刻そうな顔には緊張が満ちているような気がした。


「あぁ、いざという時のためにな。だが、あまり大勢が通れる場所じゃない。それもあって、一般メンバーには教えられてないんだ」


 ということは、硴水は一般メンバーではないということになる。

 まぁ実際、現場を取り仕切る親方のような立場なのはここまでで察せられる。

 具体的な役職はわからないが、そこそこ偉いのだろう。

 しかし……。


「じゃあ、俺に教えちゃまずいんじゃ……」


 そういう話になる。

 けれど硴水は首を横に振って、苦笑しながら答えた。


「いや、問題ない。別に他の奴らを絶対に通すなって言われてるわけじゃねぇんだ。必要な時に使うようにと言われてるだけでな」


「そうですか……じゃあ、行きましょう。ずっとここに至って、その龍とかが来るだけです」


 硴水に案内してもらって、場所がはっきりと分かり次第、気絶させて捕縛するのが楽だろうと思っての提案だった。

 ここで別れて死なれてもなんだか後味悪いしな。

 あんまりこの人には死んで欲しいという感じしないし。

 しかし彼は言うのだ。


「いや、俺は行かない」


「どうして!? 危ないんですよ……?」


「俺はフロアの責任者だし、龍を抑えてる奴らは俺の部下たちだからな。責任がある。本来なら、俺も抑えに回るつもりだったんだが、部下たちから他の奴らを頼まれてな。それで走り回ってた……だが、大体のやつには脱出口の場所は伝えられた。お前で最後だ」


「そんな……じゃあこれから、硴水さんは……」


「おう、玉砕に向かうぜ。まぁ人生最後の戦いが龍相手だってんだから、邪術士としても、気術士としても本望ってもんだな。お前も小さい頃、絵本とかで読んだろう? 気術士向けのやつをよ……」


 一般には流通していないが、気術士の子供の教育のために、気術士用の絵本というのが存在する。

 そこには古来から跋扈する妖魔や、人間の味方をする聖獣たち、それにそういった者と戦い、また協力する気術士の伝説が描かれているものだ。

 龍も当然そういうところには出てきて、強大な力を持つ聖龍、邪龍として気術士と戦うシーンはありがちだ。

 気術士の子供は、いつかは自分もそのような英雄的な気術士になるんだ、と胸を躍らせるものだ。

 硴水にもそういう時期があった、ということだろう。

 俺は頷いて、、


「ありますね……でも、あんたはこんなところで死ぬべき人じゃないはずだ。だから部下たちもあえて自分たちが殿を引き受けて、あんたを逃がそうとしたんでしょう」


「それは分かってる。でも、やっぱりここで引き下がるのは俺らしくねぇからな。今日知り合ったばかりで悪いがよ。俺は行かせてもらうぜ。ブソン……お前は生き残れ。じゃあな」


「硴水さん……!」


 そう叫んで呼び止めるも、流石の身のこなしでその場からものすごい勢いで硴水は去っていった。

 あのまま澪との戦いに出向くのだろうが……うーん、やっぱり死んでほしくはないな。


『おい、澪』


 仙術を使った短距離通信をする。

 気術系だと間違いなく気づかれるので仙術経由だ。

 これは仙気がない者には気づくことができない。


『ほ? 武尊か、どうした? 今忙しいんじゃが』


『知ってるよ。倉庫の真ん中あたりで暴れてるんだろ?』


『お、そうか。その通りじゃ。じゃからほっといてくれ』


『そういうわけにも行かないんだよ。そっちにちょっと、そこそこ強いおっさんが行くから、殺さないように気をつけてやってくれ。それだけ言いたかったんだ』


『んん? 知り合いか?』


『さっき知り合ってな。殺すには惜しい』


『ふむ……そういうことなら承知した。というか、そもそも暴れてはいるが、殺してはおらんからな。立ち上がれないようにしておるだけじゃから、安心せい』


『そうだったか。じゃ、そういうことで頼む』


『任された』

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