第310話 仕事

「なるほど、ここでやっているのは主に合成妖魔への真気の注入と、人間の真気の器の拡張実験、ですか……」


 俺が頷いてそう言うと、目の前の屈強なツナギ姿の男が豪快に笑って答える。


「おうよ。まぁ後者の方に俺たちが関わることはあんまりねぇけどよ。白衣組の奴らの仕事だからな」


「白衣組?」


「俺たちがツナギ組、あいつらが白衣組だ。俺たちはほら、《黒い月》に直で雇われてんだろ? 白衣組の奴らは他の組織からの出向とかも結構多くてな……プライド高い奴多くて俺は嫌いだが、有能さは折り紙つきだ」


「そういうものですか」


 目の前で話している男は、俺がフラフラとフロアを彷徨いていたら話しかけてくれた人物だ。

 誰から情報を得るか、考えながら設備を観察していたのだが、そんな俺に、


「おう! そこのお前、随分キョロキョロしてるが新入りか! じゃあこっちを手伝え!」


 と言って腕を掴んできたのだ。

 違う、と言って断るのも簡単だっただろう。

 そもそも、このツナギに着替えて彷徨いてみたところ、誰も怪訝な目を向けることなく、溶け込めたからな。

 だがこの男はなんというか、邪術士組織の構成員の割には良い奴そうに見えた。

 それに親分気質というか、面倒見が良さそうな感じもあった。

 それなりの上の立場にいるっぽいので、話も色々聞けそうとも。

 事実、俺の質問に快く答えてくれている。

 

「ま、邪術士つっても一枚岩じゃねぇからな。ただ目的が同じ時に少し協力する、それくらいの関係だろ。この組織にしたって、誰も彼も仲良いって感じじゃねぇし。ツナギ組は割と和気藹々とやってるけどな。俺たちがやるのは、荷物運びとか実際に妖魔に対する真気の注入とか、体を使った仕事だしよ。変に仲悪いとヤベェことになるってみんな分かってるからな」


硴水かきみずさんはかなり実力がありそうですから、そうそうその辺の妖魔相手にどうにかなりそうって感じもしませんけどね」


「お? お前わかってるな……ま、俺は何があっても平気だが、それよりお前みたいな若い奴に怪我させるわけにはいかねぇだろ。俺みたいなのと違って未来があるんだからよ。それに…見たことあるか? 合成妖魔ってのはマジで危険なんだ。俺だってそう簡単に油断もできねぇ」


 合成妖魔については、俺は何度も戦っている。

 だから問題ない……と言いたいところだが、近年出現する合成妖魔の質は、どんどん上がっているのだ。

 特殊な能力を持っている個体もかなり確認されていて、それこそそれなりの腕の気術士でも油断できなくなっている。

 だから俺は答えた。


「……肝に銘じます」


「おう。ま、そこまで緊張しなくても良いけどな。とりあえず新入りが今日することは、見学だ。仕事を一通り見せるから、どう動くかとか、何をするとやばそうだとか、そういうことを考えながら見ててくれ。わからないことがあったらなんでも聞け。遠慮はするな。遠慮したら、かえって全員が危なくなるからな。そういう職場だってのは、分かっておけ」


「はい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る