第305話 逃走

「うぉら!!」


 半妖魔化した花蜜の拳が、咲耶に襲いかかる。

 しかし、咲耶はそれを軽く避けた。

 そもそも、花蜜は半妖魔化によってその体を本来のものから、二メートルほどの巨体へと変貌させているが、戦っている場所はあくまでも学校の廊下だ。

 気術棟であるから、様々なものを通す可能性を考えて、多少広めに作ってはあるものの、それでもやっぱり廊下にすぎず、小回りの効かない巨体はここでの戦いには向いていない。

 慣れていればまだ違うのかもしれないが、花蜜にその様子もなさそうだった。

 対して咲耶は、ここ、生徒会室に毎日通っているのだ。

 当然、廊下も幾度となく使っている。

 どのくらいの広さかなどというのは直感的にわかるレベルで体に叩き込まれており、非常に慣れていた。

 だから、たとえば花蜜の拳を少し良ければ、それが背後にあるロッカーに命中し、めり込んで隙を生むことも、そんな花蜜の背後をとって鉄扇を叩き込むことも極めて容易だった。


「ぐっ……」


 けれど、半妖魔化したその体は見せかけではないのか、一撃では沈まない。

 フラフラとした様子で拳をロッカーから抜き、周囲を見渡して、咲耶の姿を捉える。

 そして体当たりするように向かってくるが、やはり遅い。

 咲耶はそれも避けると、咲耶の背後にあった生徒会室扉に命中する。


 ──ガガガガ!!

 

 と轟音をたて、生徒会室の扉が破壊され、中が顕になる。

 するとそこには、先ほどの男が《幸運のお守り》を袋に回収している姿があった。

 見つけられてしまったか。

 一応、隠してはいたのだけどな。

 GPS発信機のようなものが付いているとはいえ、そんなにすぐに見つかるとは思ってなかったが、それくらいのことは向こうも考えているということだろう。

 中の男は、花蜜が入ってきたのを確認すると同時に、


「おい、ずらかるぞ」


 とすぐに言って、そのまま窓を破壊し、そこから飛び降りていく。

 花蜜も、あの姿でありながらも理性はしっかりと残っているようで、


「あばよ!」


 と俺たちに軽く叫んでから、同じく窓から飛び降りていった。

 

「待てっ!!」


 窓から身を乗り出してそう叫ぶが、その頃にはすでにもうかなり離れた位置で走っている二人の姿が見える。

 花蜜の半妖魔化も解けていて、普通の体型と服装に戻っていた。

 解く解かないは割と自由に行けるのかも知れないと思った。

 できればあの薬剤の現物が欲しいところだが、今は無理だな。

 それにしても……。


「本当にこれで良かったのか?」


 龍輝が尋ねてくる。

 俺はそれに頷いて答える。


「まぁ、いいんじゃないか。発信機は……お、ちゃんと稼働してるぞ。さすが秋月」


 俺の手元にあるスマホを覗くと、そこに学校周辺の地図と、赤い光点が学校から遠ざかっていくのが見える。

 もちろん、先ほどの二人だろうな。

 秋月に頼んで作ってもらった甲斐があった。


「あいつらも、わざと逃がされたとは思ってないだろうなぁ」


 龍輝がしみじみそう言った。


「そもそも、咲耶は倒すつもりはあっただろ?」


「花蜜……女の方に関しては。男の方については逃げてもらうつもりでしたよ。半妖魔剤なんて使われるのは想定外で……どのくらいの術が効くのか試していましたが……」


「あんまり本気で打ち込みすぎて死なれても今はまだ困るしな。仕方がないか……ともあれ、後で追いかけるぞ。あいつらにアジトがあるなら、やっぱりそこも襲撃しておきたいしな」


「そうですね」


「おう」


 二人はそう言って頷いたのだった。

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