第292話 《鬼》の男
「……ふぅ。なんとか逃げられたか。あいつらは一体何者だったんだ……北御門の人間だと言っていたが……」
山奥、《壊れた歯車》のアジトである山寺から数キロ離れた地点でそう独り言を呟いたのは、武尊が逃すことになった《鬼》だった。
あの場ではかなり余裕ぶって色々話してはいたものの、実のところそんな余裕はなかった。
逃げ場のほとんどないあのような場所にわざわざ一人で飛び込む羽目になったのも、全ては《壊れた歯車》の総帥である来栖のせいである。
奴は《闇天会》の最高意思決定期間、《闇天衆》の一人であるが、それが故に決して漏らされては困る情報を多数握っていた。
もちろん、それに見合った実力、活動をしていたからこその信頼のゆえに、《闇天会》から任され、与えられていたものだが、今日一日で彼の組織は簡単に潰されてしまった。
これは《闇天会》にとっても青天の霹靂であり、来栖から連絡が来ると同時に、この鬼の男が急行したわけだ。
場合によっては、というか当初は来栖に加勢して奴一人でも救出するつもりだったが、到着した時点ですでに奴は敗北している上、アジト自体もほぼ壊滅していた。
正門をあの四大家の一つ、東雲家の東雲重蔵が刀一本で更地にしている姿を見た時には、流石に身が震えるような思いだった。
あんな化け物が出てきたのでは、それはいかに《壊れた歯車》であったとしてもこの結果になってしまうだろうと。
そしてそれを見ると同時に、鬼の男は考えを変えた。
《壊れた歯車》という組織についてはもう諦めようと。
大事なのは総帥である来栖であって、奴だけでも確保し、連れて帰れば再帰はできるはずだと。
他の構成員も助けられるなら助けてやりたかったものの、どう考えてもそれが出来るような状況ではなかった。
ここは申し訳ないが、割り切って尊い犠牲になってもらうしかない。
そう思って来栖のいつもいるアジト最奥の部屋に向かったのだが、まさかその来栖がボコボコにされて青年の肩に担がれていたのを見た時は、あぁ、もうダメなのだなとガックリきたものだった。
あの青年を倒せばあるいは、と一瞬考えないではなかったが、青年の気配はあまりにも不気味に過ぎた。
まず、真気や妖気がまるで見えなかった。
その辺にいる、普通の人間のような存在感にも見えた。
それだけ見れば、後ろにいる女性……顔からすると、北御門家の令嬢、北御門咲耶……その部下か使用人かとも考えられたのだが、どうもそういう感じではない。
そもそも、確かに北御門咲耶もかなりの腕をしてるのは分かるが、それでも彼女相手であれば、来栖は最低でも逃げることくらいはできた筈だ。
それなのに、全く傷を負わせることすらできずに、ああやって完全敗北しているというのはあり得なかった。
やはり青年の方が強い、ということなのだと推測できる。
しかしだとすれば、一体あの気配は何なのだ。
理解のできない化け物を見ている気分だった。
戦ってはならないと思った。
けれど、来栖をそのまま引き渡すわけにもいかず、最後の手段として残っていた、体内の術具を使うことになった。
あれは《闇天会》の構成員全員に埋め込まれた装置であり、何かあれば即座に命を奪えるようになっているものだ。
流石に《闇天衆》のものについては、滅多に使われないように厳重に普段は保管されているが、今回の場合は必要になるかもと持たされた。
そのスイッチを押し……心の中で謝りつつ、逃げた。
逃げても追跡される可能性も考えた。
全てを見透かしたようなあの瞳が、恐ろしかった。
あれは、あの男は一体……。
「……いや、考えても分からないか。《闇天衆》の奴らなら、何か知っているかもしれんな。とにかく報告に戻ろう」
そして、男はその場から消える。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます