第289話 奥へ

「……侵入者だ! 正門に向かえ!」


「剣士だ! 前衛を!!」


 そんな声が山寺中に響く。

 そして走り去っていく邪術士たちを尻目に、俺と咲耶は山寺の奥に向かっていく。

 戦ってもいいが、それで変に証拠隠滅とかされると面倒臭いからな。

 放置したところで問題ないというか、一般人が傷つくというような状況ではないため、出来るだけ見つからないように進む。


「……外側から見るよりも、内部はかなり広いな」


 足音を殺しながら進みつつ、俺は咲耶にそう言った。

 咲耶は頷いて、


「内部拡張系の気術が使われているようですね……北御門の術に近いですが、形式が違います。安定性は低そうですが……効果は大きそうに思えます。リスクを気にしない邪術士らしいやり方ですね」


 そう言った。

 よく見ているな。

 どうしても、気術士は術自体についてのリスクは避けがちかもしれないな。

 別に死を恐れるわけではないが、邪術士よりも遥かに一般社会に溶け込んでいる以上、社会を危険に晒しかねないようにな術の開発をするわけにはいかない。

 しかし邪術士は違う。

 彼らはどれだけ一般人に被害が出ようとも気にしない。

 秋月のようなタイプがいるのも間違いないが、そうではない者たちも多い。

 というか、人の命よりも気術の探求の方を優先する感じだな。

 ある意味で、気術を使う者としては純粋なのかもしれない。

 だからこそ、気術士よりも一部、技術的に先を行けるわけだ。


「……侵入者……うっ!!」


 前方からいきなり顔を出した邪術士が叫びかけたので、とりあえず意識を奪う。

 殺しはしない。

 情けをかけているわけではない、後で情報を抜ける人間は多ければ多い方がいいからだ。

 気術によって簀巻きにして、無人の部屋を探して投げ込んでおく。

 廊下に置いておいて、気づかれても困るからな。

 

「そろそろ、人も減ってきたな」


「そうですね……あまり重要でない区画か、それとも……」


「限られた者しか近寄らない区画だろうな。近づいてくる邪術士の質が高そうだ」


 そして、俺たちの前に二人の邪術士が姿を現す。

 何も言わずとも、俺と咲耶は一人ずつに向かっていく。

 この辺りは長年の付き合いでツーカーだな。

 

「舐められたものだ……この私がっ……」


「貴女たち、どうなるかわかって……っ!?」


 だいぶ年嵩の男と女だったが、俺たち相手に挙動が遅い。

 気術を発動させるまでもなく、当身で二人とも気絶させた。

 気術自体がどれだけ強くてもそもそもの体術が弱いと話にならないんだよな。

 まぁ、結構歳がいってそうだったし、仕方ないっちゃ仕方ないか。


「……この程度ですか。邪術士の人手不足というのも本当のようですね」


「そう言ってやるなよ。身に宿ってる真気だけ見れば結構なもんだろ」


「基礎がなってないですけど……」


「大抵の気術士は、体術にそこまで全力投球できないからな。仕方がないところはある」


「そんなものですか」


「そんなもんだ……それよりも先だ。そろそろ行き止まりというか、一番重要そうな区画だぞ」


「大扉がありますね……」


 確かに、俺たちが向かう廊下の先には巨大な扉が存在していた。

 見るからにという感じなので疑いたくなるが、そこから漏れ出る気配がその可能性がないことを教えている。


「いくぞ」

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