第284話 今後
「……貴方は、一体何者なのです……?」
姿を現し、完全な敗北を認めて膝をついている男が絞り出すように俺に向かってそう呟いた。
「何者と言われてもな。ただの気術士だよ」
「そんな筈は……私はこれでも、それなりの邪術士です。高校生程度の気術士にここまで簡単に倒されるような腕ではない……」
しかし、男はそんな自信すらも崩れかけているらしく、自分の言葉の正しさを疑っているようだった。
実際に俺に負けてしまってるわけだからな。
しかもほとんど完敗と言っていいほどに。
ただ、別に俺はこの男にそこまで自信喪失して欲しいわけではない。
そもそも、これからこいつには役に立ってもらう必要がある。
だから俺は言う。
「まぁ、前提が間違ってるからな。俺はただの気術士だが、弱いわけじゃない。これでも一応四大家の人間だ」
「……! 四大家の……なるほど。どこかの家の継子だと……」
これは男にとって納得しやすい情報のようだ。
四大家は、本当に他の気術士家系とは格が違うらしい。
こんな扱いをされていることを、俺は今世で初めて知った。
前世では、どんな家であっても、気術士ならみな、大して変わりがないと思っていたのだから。
でも実際には、四大家は気術士としての目的のため、強さを得るためにはどんなことでもする狂気の家系、くらいの扱いのようだ。
そして実質もその通りで、四大家の人間がするような修行を、他の気術士家系はまずしない。
そんな家の人間ならば、高校生でも実力があっておかしくない、と男は考えたわけだ。
必ずしも間違いではないな。
「大した家じゃないけどな。でもほら、お前が言ってた女の子の方は、大した家の人間だぞ」
「女の子……あぁ、今回涼子の代わりに演じてる少女ですか? 確か北御門咲耶と……ん? もしかして、あれって本名なのですか……?」
言いながら、男はハッとする。
その反応で俺はなるほどと思った。
名前も知っているだろうに、咲耶に対して無警戒に過ぎると思っていた。
その理由は、そもそも咲耶の名前が本名だと思ってなかったからなのだろう。
「嘘だと思ってたわけか?」
直球で尋ねると、男は頷いて言う。
「ええ、まぁ……。私のような邪術士を誘き寄せるための、わかりやすい罠であろうと……。そもそも、北御門家のご令嬢が自ら最前線にやってきて、しかも女優をやり始めるとかそんなのあり得るとは誰も考えないでしょう?」
「……あー、まぁ……そう言われると、そうなんだけどな……」
まさか邪術士から常識を説かれるとは思ってもみなかった。
しかしこれについては彼の考えが正しい。
通常なら、北御門家の直系という、四大家の重要人物が少人数でわざわざ出張るようなことは普通はない、と考える。
ただ現実的にはな。
四大家の直系というのは、むしろ皆どこか狂っている。
美智にしても、昔から割と前線に出たがりだったし、俺が死んだ後もかなり暴れ回っていたという。
重蔵なんて見た通りそのままだ。
他の二人……慎司と景子も、誰かの後方で作戦を練って人にやらせるようなタイプに見えるが、肝心なところは自分でやらないと気が済まないような性格をしている。
全員が、ある意味で自分の力しか信じていないような。
そういうところがある。
その意味だと、俺も同じか。
復讐とかするのだったら、色々な人間に頼ってしまった方がいい。
けれど、自分の手ですることにこだわって、美智と重蔵以外の誰にも、自分の正体を明かしていないのだから。
まぁでも、二人にだけでも言えているのはまだマシかもしれないけどな。
「……ところで、この後私はどうなるのでしょうか? 拷問ですか?」
「してもいいが……自発的に話すなら悪い扱いはしないぞ。邪術士としては二度と活動させるわけにはいかないが」
「そうですか……ですが、私が失敗したことが知れれば、口封じがやってくると思うのですが」
「その辺は北御門の方で対応できるようにしておこう。能力を活かすつもりがあるのなら、それも話を通しておく。どうだ?」
「……そう、ですね……。こうして敗北したのです。敗者として、勝者には従いましょう」
「気術士には戻りたくないか?」
「どうなんでしょう? 今まで考えたことがなかったものですから……きっかけがなかっただけ、のような気もしてきました」
「ま、その辺りも含めて、少し考えてみてくれ。北御門家に引き渡すまでは行動は監視させてもらうが」
「分かりました。あぁ、電話してもいいですか? 涼子を事務所に返すのに他のマネージャーを呼ばなければ」
急に現実的なことを言う男だったが、確かにそれは必要なことなので、
「構わない。終わったらスタジオに戻るぞ」
「ええ」
そう言うことになった。
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