第283話 決着

 驚く男だったが、彼に出来ることはもはや残っていないらしい。

 ひたすらに炎霊に命令をし、炎霊は忠実にその命令に従って俺に攻撃し続けるが、一切のダメージを俺に与えることができない。


「……そろそろ飽きたな」


『何をっ……!!』


 別にこのまま、炎霊と男の真気が尽きるまで攻撃させ続けてもいいが、途中で男が逃げるだろうことは想像に難くない。

 だから俺はとりあえず炎霊に向かって手のひらを向ける。

 そして、そこから剥き出しの真気のみを放った。

 すると、炎霊の触媒……木乃伊が纏っていた真気は軽く吹き飛ばされ、燃え盛っていた炎も消える。

 炎霊の存在そのものが吹っ飛んだからだ。

 あまりにも真気の量に差があると、このような力技もできる、ということだ。

 正直少し勿体無いような気もするが、精霊エレメントについては文献も日本には少ないし、あまり詳しくないのだ。

 従えようにもやり方がよくわからない。

 だからこうするのが一番だった。変に残して後で問題が起きてもあれだしな。

 また、俺としては男の言う通り、木乃伊は得難い素材なので手に入れたかったというのもある。

 あまり弱っていない状態でこれをやると、変にしがみつかれて触媒が傷つく可能性もあったからな……。

 近づいて木乃伊を確認するも、傷はほとんどない。

 今までそれなりに酷使されてきたのだからそれは無傷とはいかないだろうが、俺がつけた傷はなさそうで安心する。

 そのまま《虚空庫》に放り込み、無言の男に言った。


「さぁ、これであんたの切り札は無くなったみたいだが……またやるか?」


 流石に炎霊なんてものを出してきたのだ。

 これ以上の何かを男が持っていそうに思えなかったからの言葉だった。

 これに男は、


『……確かに、貴方に私の力で傷をつけるのは難しいのかもしれない。ですが、そもそも忘れていませんか? 貴方は私がどこにいるのか補足できないと言うことを……』


 危機感の滲むようなじっとりとした声でそう言った。

 確かに、それはそうかもしれないな。

 男の姿は未だに俺の視界の中にはない。

 このスタジオ内にいるはずなのに、完全に姿を隠すことに成功している。

 これも考えてみれば男の技術の優れているところか。

 しかし、だ。

 これについても俺には分かっていた。

 炎霊と戦っている最中も、色々な可能性を考え、確かめていたのだが……。


「そう思うか? まぁ、それならそれでいいけどな。今なら降参すれば簀巻きにするくらいで許してやるぞ?」


 引っ張り出すことは出来るが、若干面倒なところもあるのでそう言った。

 吹っ飛ばす方が楽なんだよな。

 その結果、男の体が原型を保っていられる保証はないことだけが玉に瑕だが……まぁ色々教えてくれたし、得られた情報の量としては十分だろう。

 もちろん捕まえた方がもっと情報を得られるだろうが、その辺は北御門家の諜報の得意な家とかに頼むという手段もある。 

 あれだけ教えてくれた情報があれば、なんとかできるだろう。

 俺の言葉に男は、


『馬鹿な……何がわかっていると言うのです。ハッタリでしょう』


 と震えるような声で言う。

 言いながら、自分自身がその可能性を信じきれていないようだった。

 それも当然で、炎霊がなぜあんな消滅を迎えたのか、その理由すらも今はまだ理解できていないだろうし。

 だとすれば、何かやらかすかも、と言う想像に至るのは当たり前だろう。

 

「だから、それならそれでいいと思うぞ? ちなみに、具体的に言うと、お前、あれだろ。《妖魔の庭》のような位相のズレた空間にその身を隠しているな? 霊的存在に詳しい奴が結構使う手だ。まぁそれなりに腕がないと難しいから、滅多にいないが……」


『なっ……』


「さぁ、そろそろ待つのも疲れた。あと十秒数えてやるから出てこい。十……九……」


『…………』


「二……一」


『こ、降参します! 降参しますから!!』


 そして、男はとうとう姿を現したのだった。


 

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