第277話 隠蔽

 しばらく、前を進む男と一定の距離を保ったまま、ついていく。

 男は振り返らず、しかし後ろを意識していることは明らかだ。

 真気はやはり漏れてはいないが……こういうのはそれこそ気配で分かる。

 歩き方、視線の方向、腕の身じろぎなどからな。

 

 そして、男はスタジオ建物内にある、別のスタジオの中へと足を進めていった。

 扉が閉まったのを確認し、俺は続いて扉を開けて中に向かう。

 扉のすぐそこで待ち構えている可能性についてはあまり考えなかった。

 そんなつまらない奇襲をかけるくらいなら、道の途中でやるだろう。

 もちろん、仮にやられたところでどうとでもできる自信があってのことだが。


 中に入ると、セットの類は特になく、今は使われていないスタジオのようだった。

 その中心に、男が一人立っていた。

 こちらを見つめて。


「……さて。なんて言ったものかな?」


 穏やかな様子で俺に言ってくる男には余裕すら感じられた。

 

「涼子さんのマネージャーの方でしょう? ここで何をするつもりだったんですか?」


 いきなりお前、何かやらかす気だろ、もない。

 目星をつけたことが間違っているとは思わないが……実は全く無関係な気術士という可能性もゼロではない。

 だからとりあえずは会話だな。


「そちらこそ、梔子さんの付き添いなんだろう? それがねぇ……」


「それが?」


「まさか、こちら側・・・・の人間だとは、ねッ!!」


 言いながら、ビュン、と腕を思い切り振るった男。

 そこからは何か、短剣のようなものが投げられていた。

 しかし、その程度のものは俺には聞かないな。

 軽い結界を張って、弾き落とすと、男は少し驚いた表情で、


「なるほどなるほど、雑魚ではないわけだ」


「お前もそのようだな……やる気か?」


「それはもちろん……」


 と言いながら男は下がっていく。

 男の背後にはカーテンのような幕があり、その向こう側へと消えていく。

 しかし、逃げたわけではないのは分かっていた。

 入り口は俺が入ってきたところと、少し離れたところにある非常口しかないからだ。

 本来なら大型のセットなどを入れられる扉もあるが、そこは今は完全に閉鎖されている。

 つまり、戦うつもりでいるのは間違いない。


『……見えるかな、私の姿が』


 周囲の至る所から、響くような男の声が聞こえる。

 これが男の持つ気術なのだろう。

 隠蔽系か……高度な技術が必要な系統で、そこまで得意な人間は少ない。

 まず気術士は妖魔に対抗するため、攻撃力を求めるからな。

 出力重視が気術士の基本だ。

 隠蔽系を極めなければならないのは、後ろ暗いところがあるやつが多い。

 つまりは俺みたいなのとか……。


「……やっぱり、邪術士だな」


『ほう、分かるかい?』


「わざわざ三隅結に《しゅ》をかけるような普通の気術士はいないからな。何のためにあんなことをしていた?」


『やはり、しっかりとバレていたか……。急に邪気の流入が遮断されたので何事かと思っていたけど、君が?』


「まぁ、そういうことだな」


『ふむ……流石にこれだけの結界を一人で、というのは無理だろうから仲間がいるんだろうね……あの娘かな……?』


「あの娘?」


『とぼける気か。君と幼馴染だという、あの娘さ。古武術がどうとか、どう聞いても無茶な言い訳をしたものだが、気術士としての武術のことだろう?』


 別にとぼけるつもりなんて無いのだが、そもそも結界についての話が的外れだからな……。

 まぁいいか。


「……よく分かったな」


 適当に合わせておけば。


『私を舐めないでもらいたい。その程度のことは、簡単に分かるのだ……我ら《壊れた歯車》の情報網を持ってすればね!』


 ……こいつ、口が軽いな?

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