第271話 推測

「さて、と」


 カフェに入り、席に座ると同時に結界を張る。

 これからする話は一般人には漏らせないような内容だからだ。

 まぁ聞いたところで電波な高校生が意味不明な話をしている、と冷たい目で見られるだけで済むかもしれないが、今日に限っては撮影の話が混ざっているからな。

 そういう意味でも万全を期しておいた方がいいだろう。

 

「あいも変わらず流麗な結界術ですね。北御門の直系の私の方が、下手なのは情けない事です……」


 咲耶が若干悔しそうにそう言った。

 しかしそうは言っても、俺も魂は北御門の直系なのだから気にするようなことでもないが。

 まだその辺については話したことがないから、分からないだろうけどな。

 前世、ほとんどの気術をまともに発動させられなかったとはいえ、北御門直系として学ぶべきものは全て学んでいる。

 それを小さな頃から研鑽し続けて来たのだから、当然これくらいにはなろうというものだ。


「……俺は咲耶よりもずっと暇だからな。修行に当てられる時間が多いのさ」


「しかしそれではいつまで経っても追いつけませんので……」


「追いつきたいのか?」


「何が何でも、というわけではないです。少し前までは、絶対に置いていかれてはならない、と思っていましたが……今はもう少し緩やかな気持ちですね。どんな時でも、武尊様の横にいられればいいのだと。ただそのために最低限必要な力は身につけて置かなければと思っていますが」


「なるほど。まぁ今でも十分だと思うが……」


「まだまだですよ。修行は、死ぬまで続けて参ります」


「分かったよ……で、話が逸れたが今日のことだ」


「はい……色々、ありましたね」


「あぁ、色々あった。演技、うまかったな?」


「そんな……少し張り切りすぎて失敗してしまいましたが」


「いや、いいんじゃないか? あれならまだギリギリ、運動神経が飛び抜けた少女、で通るからな。それに、あれは他に必要あってやったことだろう」


「やはりお気づきでしたか」


「そりゃあな」


 実のところ、咲耶のあのアクロバットなアクションは、ただ台本に書いてあったから、だけでやったことではなかった。

 そうではなく……。


「あのスタジオは、危険でした。よく見てみれば、至る所に《しゅ》がかけられていて……ですがあまりにも微弱で小さなものばかりでしたから、近づかなければ気づけない程で……」


「あぁ。俺も少し驚いた。俺が潰そうにも、あのくらいだと遠距離から無理に解くとかえって危険だったりするからな。近付いて触れて破壊した方が確実かつ早い」


 そういうことだった。

 咲耶はああいう動きをしながら、スタジオ各地に貼られた《呪》を破壊していたのだ。

 必要な動いの範囲で。

 彼女が近づくのが無理そうなところは、俺がそれとなく破壊しておいた。

 結果、今日の撮影は恙無く終えることが出来たわけだ。

 

「ですけど、あれは何のためのものだったのでしょう? いずれも、せいぜい少し手が滑るとか、足の小指をぶつけるとか、その程度の不運を引き寄せるようなものだけで……」


「それでも、ああいう現場だと命取りになりかねないからな。実際、涼子という女優は怪我をしているだろう。あれはそのせいだろうしな」


「それは分かるのですが……そう、最終目標がわからないと言うか」


「俺もそれははっきりとは言えないが……とりあえず準備段階なんじゃないか? より多くの悪意を集めて、何かをするための……三隅とか梔子さんは、おそらくそうやって集められた邪気に当てられたんだと思う」

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