第269話 確認

「……もう覚えたのかい?」


 スタントの人が俺にそう尋ねた。

 プロデューサーの思いつきによって、俺は大勢いる妖怪役……の一人として、撮影に参加することになってしまったのだ。

 台本上も《大勢の妖怪》と役名があるだけなので、一人増えたところで問題ないらしい。

 ただ、その大勢が葉切と凛音と戦う殺陣があるわけで、そういう意味では大変になるという。

 それでもスタントの人はベテランで、プロデューサーの思いつきにすんなりOKを出し、殺陣の動きについての相談に入った。

 その際、俺もその相談に入って欲しいと言われたので入ることになり、とりあえず当初の動きを見せてもらってから、あまり改変しないで済むように動きの提案などをすると喜ばれた。

 やっぱり古武術をやっていると違うね、みたいなことを言われた。

 動きが面白いとか。

 俺の方としては、見栄えの良さのためにどう動けばいいのか、みたいな話をいろいろ聞けたので為になった。

 どこで使うのかと言われるとアレだが……ハッタリとかには良さそうだし、フェイントとかにもいいだろうしな。

 で、全体でやってみようということになり、覚えられるか、と聞かれたので、もう覚えたと言ったら、言われたのがもう覚えたのか、だったというわけだ。


「ええ、まぁ……」


 アレくらいの動きをすぐに覚えられないなら、東雲流の動きを見切ることは出来ない。

 それにいずれの動きにもしっかりとした意味や理屈があるので、むしろ非常に覚えやすいと言えた。

 ど素人の無茶苦茶な動きだと少し時間がかかったかもしれないが、プロしかいないのが良かったな。

 俺の言葉に、


「うーん、疑うわけじゃないけど、ミスると危険だからね。ちょっと試させてもらっていいかな?」


 とスタントの人に言われたので、俺は頷いて、一旦通しでやらせてもらった。

 その結果……。


「……ふぅ、と。いやはや、少しだけ本当かな、って思ってたけど、完璧だったね。ただ、キレが少し良すぎるかな? そこまで早くするとカメラに映らないかもしれないから、多少緩めた方がいい。あと、必死さも出した方がいいかな。かなり余裕なように見えちゃうから……」


「なるほど……」


 確かに苦戦するような動きがなかったから、余裕すぎに見えてしまうのか。

 《大勢の妖怪の一人》なのだから、それじゃあダメだよな……。

 苦戦したフリが必要なわけだ。

 それに早く動きすぎ、と言うのも実戦ではありえない指摘だ。

 でもドラマで見せるんだから、視聴者が確認できなければ意味がない。

 魅せると言うことに対する拘りはこういうところに出てくるのか……。

 感心しながら、いくつかの動きを再度確認させてもらい、


「……うん、流石に飲み込みがいいね。これなら問題ない……というか、演技も上手いね? 本当に苦戦している感じが出ているよ」


 苦戦してる感じは、わかりやすいと言うか、妖魔と戦ってる時のことを思い出せばいいからな。

 相手方の表情とか動きを真似れば、そのまま苦戦してる人間の感じになる。

 まぁ、妖魔と人間じゃ、見た目が大きく異なることも多いが、意外に妖魔は表情が出る者が多いからな。


「良かったです。じゃあ、これでお願いします」


「オッケー。じゃあ一回リハ挟んで、本番かな。プロデューサーに言ってくるね」


「はい」


 そして、俳優……咲耶と三隅を入れての本番に進む。

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