第268話 説明

「……古武術?」


 梔子さんが、ははぁ、と言った様子でそう呟く。

 周囲にはスタッフがいて、俺の言葉に耳を澄ませていた。

 なぜか、というのは言うまでもない話だが、咲耶の先ほどのやらかしについて俺が説明しているからだ。

 流石の咲耶も、やらかしの後の周囲の反応に、何かまずいことをしてしまったとすぐに気づいたようで、俺の方に視線を向けて「どうしましょう……?」みたいな困った顔をしていた。

 だから俺はとりあえず、咲耶の方に梔子さんと共に近寄り、どうしてあんなことが出来たんだ、大丈夫か、と尋ねるスタッフたちに、説明した。

 その内容はこういうものだ。


「ええ、俺と咲耶は幼馴染なのですが、昔から古武術の道場に通っていまして。色々と訓練をしているのです。古武術ですから、ちょっと変わった訓練も多くて……例えば、高所の岩場などから素早く駆け下りたりとか、そういうものもあります。さっきの咲耶は、その時の感覚で軽くやってしまったのだと思いますが……」


 もう見せてしまった能力については気のせいでしたとはとてもではないが言えない。

 だから、なぜ出来るのか、という点についてある程度説得力のある説明ができればよかろうとそういう言い方になった。

 そもそも、これは嘘ではないからな。

 俺にしろ咲耶にしろ、気術士として武術の訓練は欠かさないし、古武術の道場だとて、東雲家がまさにその通りの場所だ。

 訓練の内容にしても、言った通りのことを東雲家の連中は普通にやる。

 全員が咲耶レベルに出来るか、と言われるとなんとも言い難いところだが、先ほどのことくらいは出来る。

 だから嘘ではないのだ。


 俺のこの説明に、スタッフたちは納得したように頷いた。

 特に、スタントを担当しているらしい演者は確かに、といった様子で言う。


「……私たちから見ても、先ほどの咲耶さんの動きはしっかりとしたものでした。つまり……訓練に基づく、洗練されたもので、危なげなかったと言いますか。むしろ私たちよりもこなれた動きでした」


 やはり、わかる人にはわかるのだろう。

 これを聞いたプロデューサーの藤野さんは、


「へぇ、そうなんだね。だったら良かったよ……まさかこれ以上事故なんて起こしたら大変だし」


 と納得したように頷く。

 そんな彼に咲耶は、


「申し訳なく存じます。てっきり台本に書いてありましたので、やらなければならないと勘違いしてしまって……」


 と謝った。

 まぁ、台本の読み方が分からなかったというか、書いてあるんだから当然やるんだろうという感覚でいたのは仕方がない。

 これには藤野さんも、


「いやいや、本当にズブの素人だっていうことを忘れてて、ちゃんとその辺りも説明しなかったこっちが悪かったよ……まぁ、普通ならやらないというか、やろうとしても出来ないんだろうけど、出来る人だったっていうのは予想してなかったね……」


 と苦笑する。

 そりゃそうか。


「でも、これが分かったのは不幸中の幸と言うか、ここからの演出が楽になりそうな気もするね。スタントの出番を奪うようだけど、顔が映らないようにとか、少し離れた場所で撮らなきゃみたいな配慮が必要なくなるし……普通のアクションもできると思っていいんだよね?」


「教えてもらえれば、大体の動きは可能だと思います」


「おぉ! これは頼もしいね! あ、そういえば、君も同じようなことができるってこと……?」


 と藤野さんは俺に尋ねてくる。

 出来ない、とはもう言えないな、この空気は。

 そう思って俺は仕方なく頷き、


「……そうですね、彼女と同じくらいになら……」


 そう答えた。

 すると藤野さんは、


「面白い! うーん、じゃあもうちょっとアクションとか凝ってみてもらっていいかな?」


 とスタントの人に向いて話だし、相談を始めた。

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