第267話 やらかし

 そこからはスタジオ内の空気というか、気配が大きく変わった。

 今までも決して真剣でなかった、というわけではないのだが、急にスタッフたちが前のめりになり出したのだ。

 指示を出す演出の人から、照明に至るまで全身に力が入っているようだった。

 しかしそれはいい緊張感だろう。

 張り詰めた中にも、いいものを撮ろうという気概が漂っているのが感じられた。

 

 そして、咲耶演じる葉切はぎりが凛音に自らの正体を明かし、そして凛音もまた魂は妖怪のそれであることを教える。

 数百年前に起こった、妖怪たちの戦争。

 それは妖怪の玉座を決めるための大戦だった。

 その中で凛音は命を落とし、現代に人間として転生したのだと。

 それ以上を葉切は語ろうとしなかったが、現代に凛音の魂が蘇っていることは多くの妖怪たちが気づいており、それを巡って各地で妖怪の動きが活発になっている。

 それらを鎮めるのは、争いの中心に否応なく置かれた凛音の役目であること、もしもその気があるのなら、葉切も協力することを伝えられ、凛音はしばらく悩むも、その提案を受け入れる。

 そこからは、凛音と葉切は奇妙な協力関係と、友人関係を築き始める。

 そして、ついにとある事件の犯人だった妖怪を見つけ、凛音と葉切はそれを追い詰める。


 *****


「凛音! 早く奴を追いかけて!」


 葉切がそう叫ぶも、凛音は迷い、


「でも、葉切! 貴女は……!!」


 葉切がいる位置は、今にも崩壊しそうな工場資材に囲まれた場所だった。

 轟音が鳴り響き、工場建物ごと崩壊しそうな今、このまま彼女を放置しておけば大変なことになる。

 そう思った凛音だった。

 けれど……。


「私は大丈夫……と言っても、信用しないか」


「何を言って……!」


「貴女はそこで見てなさい!」


 そう言って、葉切はその場から人間離れした身のこなしで、崩れる工場資材の中を走り、飛び、避けて凛音の元までやってくる……。


 *****


 というシーンだったのだが。

 当たり前ながらも、崩れる工場とか資材とかについては、一部CGであり、そして避けるアクションとかは後でスタントがやるもののはずだった。

 けれど、ここで咲耶の若干抜けている部分が出る。

 一部CG、と言っても全てをそうすると演技に不都合な部分も出てくるし、葉切と凛音の位置関係も上下で分かれてるので視線などを考えて、そういう部分に関係するものは普通にワイヤーをつけて落としたりなどの配慮がされていた。

 二人ともそれを見ながら演技……していた。それはいいのだが、葉切の最後の人間離れした身のこなし、のところで咲耶がやらかしたのだ。


「……えぇっ!?」


 そう叫んだのは誰だったか。

 いや、ほとんどのスタッフがそう叫んだ気がする。

 それもそのはず、咲耶扮する葉切はおよそ三階建てくらいの位置から、足場をうまく掴み、飛びながら、軽やかに凛音の位置……つまりは地上まで移動してきたのだ。

 それはまさに葉切が台本によって指示されていた挙動ではあるのだが……。


「カ、カット!!カット!! だ、大丈夫か!?」


 と地上に着地した咲耶にみんなが集まっていく。 

 その中で、俺は頭を押さえながらその場に立っていると、横にいて驚いていた梔子さんが、


「……演技以上に驚いたんだけど、あれって……なんであんなこと出来るの!? 心配しないの!?」


 と言ってくる。

 

「いや、あの……」


 言いながら、俺は何と返すべきか、考えた。

 咲耶よ、もうちょい自重しろ、と思いながら。

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