第266話 演技
「……ヨーイ!」
そんな声と共に始まった撮影。
こんなところを見学する機会なんて、まずないからなんだか新鮮だな。
周囲に満ちている緊張感も、気術士の戦闘ではないが、どこか近しいものがあって心地いい。
どこの世界でもプロが本気でやっている現場というのは独特の気配があって、身が引き締まる。
今撮っているシーンは……。
どこかの街中を、ヒロインである
彼女はもともと、自分がただの人間だと思って生きてきたが、いくつかの不思議な事件の解決を通じて、奇妙な夢を見るようになっていた。
それは自分の前世。
過去、自分は妖怪の姫であって、しかし何らかの理由によって現世に人間として転生した。
そんな記憶。
普通ならば信じられないようなそんな記憶も、今まで出会ってきた事件、そして妖怪たちが正しく存在していることから、半ば受け入れつつある。
記憶によって呼び起こされた自分の身に宿る戦う力にも気付いた。
ただ、妖怪との戦いの中で、自分の思い人である少年が実は退魔師であり、妖怪と敵対していることを知り、どうすればいいのか迷っていた。
そんな中起こった、新たな事件。
その解決のために奔走する中、出会ったのは妖艶な雰囲気の女性で、葉切と名乗った。
しかも彼女は凛音のことを何か知っている様子だった。
同時に憎んでいる気配も漂わせていて……。
襲いかかってきた彼女との第一戦は痛み分けで終わったが、最後にとある街の名前を呟いていたことから、その街に急行した。
そして街中を進んでいると、ふと第六感が働く。
そこには一人の少女がいて……。
と、そういうところから始まった。
ちなみに凛音役は当然、三隅結であり、葉切の方が涼子と呼ばれていた女優がやってた役だな。
この葉切を咲耶が代わりに演じる……。
「……あの!」
凛音がたった今すれ違った女子高生に向かって声をかける。
振り返った少女には見覚えはなかったが、ただ言葉を失うほどに美しいことに彼女はハッとする。
「はて、なんでしょうか?」
突然話しかけられたことに不思議そうに首を傾げる少女に、凛音は少し悩むが、尋ねる。
「妙なことを尋ねてしまうかもしれないんですが……貴女は、妖怪、です、か……あ、ご、ごめんなさい!」
自分が口走ったことに慌てる凛音。
当然だろう。
一体、誰が今初めて出会った人物に、妖怪かどうかなど尋ねるというのだ。
普通なら、何を言っているんですか?と言われて終わるはず。
誰もがそう思うだろうし、実際、凛音は変なものを見るような目で見られて当然だとガックリと肩を落としていた。
しかし、彼女が驚いたのはこの後のことだった。
瞬間、身の毛がよだつような空気の変化を、凛音は感じる。
そして驚き、慌てて顔を上げると、そこにはとてもではないが人間には浮かべられない、凄絶な笑みを湛えた、美貌の化け物がいた。
*****
「……カット!!」
そんな声が響いた後、すぐに、
「なんだこれ……」「え……」「この子は……」
スタッフたちが思わず漏らした言葉がいくつも聞こえてきた。
それだけ、今の瞬間の咲耶の変化に驚いたらしかった。
演技か。
やっぱりうまいな。
それも当然で、咲耶は演技など何もわからないとか言っているが、いずれ四大家を背負う者として、昔から伝統芸能の類の研鑽をしている。
それらが生きているのだろう。
そもそも美智に似て、腹芸みたいなことは得意なタイプだしな……。
「ちょっと、あの子本当に初めての演技なの……?」
梔子さんもそう呟くが、俺としては何とも言いようがなかった。
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