第264話 代役
……いけるかって、何の話だろうか?
俺たちがそう思っている間に二人の話は進んでいく。
「……それって、代役にってことですか?」
梔子さんがプロデューサーだか演出だかの男性にそう尋ねると、彼は言う。
「そうそう。流石に涼子ちゃんが降板ってことにはならないんだけど、ほら、今回の役、特殊でしょ? 代役立てても問題ないかなって。その子、雰囲気あるし行けそうじゃない?」
「そう言われましても……本当にこの子はつい先日入ったばかりで、芸能界どころか演技も何も知らないような子ですよ? 流石にやめておいた方がいいんじゃ……」
「大丈夫大丈夫! ダメだったらまた別日に撮り直せばいいし……そもそも基本的にはその方針だからね。でも、今日撮れるなら撮っちゃいたいじゃない? 結ちゃんだけのシーンはまだ撮るんだし、繋がりとか考えると相手役いた方がスムーズだし」
「うーん……」
梔子さんは悩んだ様子で咲耶を見る。
流石にここまで話が進めば、一体何のことを言っているのか、芸能界に疎い俺たちでも理解できた。
つまりは、咲耶を先程怪我した女優の代役に、と言いたいのだろう。
確かに変わった役……というか、妖怪役で、変化の術を扱って様々な人間になり変わる事ができる、という役だった。
つまり、どんな顔でも問題ないと言えばないのだ。
ただし、本人のプライドのゆえに、変化した姿は全て絶世の美女になる、という設定で……。
確かに先程の女優も綺麗な人だったしな。
「……はぁ。私でしたら構いませんよ。ですけど、梔子さんがおっしゃる通り、私は演技について右も左も分からない素人です。その点について目を瞑っていただけるのでしたら……代役を務めましょう」
「おっ、乗り気だねぇ。いいとも。じゃ、これ台本。五分で覚えて……ってのは流石に無理だろうから、十五分とっておくよ。よろしくね……ええと……」
「北御門咲耶です」
「うん、咲耶ちゃんね。いいねぇ名前も雰囲気があって。大女優の誕生かも、なんちゃってね……じゃ、よろしく!」
そして彼は去っていった。
調子のいい業界人丸出しだったが、悪意の類はなかったな。
むしろ、本当にできるのかどうか、咲耶を見て値踏みというか、試している感じすらあった。
仕事ができる人なのだろう。
梔子さんは声の聞こえる範囲に誰もいないのを確認してから、
「……大丈夫なの!? 私としては、撮影が止まらずに済むからありがたいんだけど、そこまでしなくてもいいのよ? いえ、私がはっきりと断れなかったのがまず悪かったとは思うんだけど……」
そう言った。
これに咲耶は苦笑して、
「いえ、私たちの仮の身分というか、紹介では断るのは無理でしょう。そもそも、こういうチャンスを逃したくない、という人間が集まるのがこの世界なのではありませんか?」
「それはそうなんだけどね……」
「別に梔子さんの立場を悪くしたいわけでもありませんし、特にドラマに脇役で出たところで私に問題があるわけでもないので」
「……脇役って言うけど、セリフの量、結構あるわよ」
確かに、見ている限りそこまで端役という感じでもなかったというか、むしろここから主人公に何度も関わっていくのだろう、という立ち位置だったな。
「台本、覚え切れるか?」
俺が咲耶に尋ねるも、
「このくらいでしたらそれこそ五分で問題ないです」
ペラペラと台本の最初から最後までを一度目を通して閉じた。
そしてそれを梔子さんに渡し、
「全部覚えたので、いつでも大丈夫だとさっきの方にお伝えください」
「……え? 本当に? 本当に全部!?」
「ええ。おかしいですか?」
「どんな記憶力してるのよ……じゃあ、『どうしてこんなことを?
「『貴女は何もわかっていませんのね。この土地にどれほどの危険が迫っているかも』」
「……本当みたいね。分かった。じゃあよろしくね」
「はい」
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