第263話 現場

 次の日。

 俺たちは梔子さんと三隅結についていって、撮影の見学とやらをさせてもらうことになった。

 当然、体の良い言い訳であって、本当に芸能界を志向しているわけではないのだが、こういう人間は結構いるのか三隅は特に違和感なく受け入れていた。

 特に咲耶については後輩として可愛がりたいみたいで、車の中、しきりに話しかけている。 ちなみに運転しているのが梔子さん、助手席には俺が座っているため、俺は特段何もすることはない。

 話に混ざってもいいのだろうが、若い娘同士のキャッキャとした話にどうやって入れというのか。

 精神年齢六十越えの爺さんには辛いよ。

 重蔵と縁側で茶でも飲んでいる方が気楽だ……。

 だが全くの無言というのも手持ち無沙汰なので、梔子さんの方に話しかけてみることにする。


「あの、今日の撮影ってどんなことするんですか?」


 梔子さんも、黙って運転するより多少は会話しながらの方が気分が良くなるタイプのようで、俺の言葉に応える。


「今日はドラマの撮影ね。ちょっとファンタジーの入った話で、割とアクションが多いのよ。だから怪我が怖いけど、人気のあるドラマで……」


 と梔子さんが話してくれる。

 それによると、前世からの因縁で妖怪から人間に生まれ変わった主人公が、怪事件を捜査して解決していく、その中でのアクション、それに加えて恋愛が特に見所らしい。

 ……なんだか、ちょっと重なる部分があるな。

 まぁ俺は妖怪から生まれ変わったわけじゃ無いが。

 全体的にはよくある筋のような気がする。

 

「三隅さんはアクションとか得意なんですか?」


「運動神経は良い方よ。だから顔が見えるようなシーンでは殺陣とか頑張って貰うんだけど、まぁ危険なのはもちろんスタントが入るからね」


「そうですか、なら安心ですね」


「そう思いたいわ」


 この変の会話は、あれだな。

 色々と問題が起きそうだから、それについて事前に確認しているに近い。

 梔子さんもそれを分かっての返答だった。

 

「あ、そろそろつくわ。準備して」


 そして俺たちはスタジオ駐車場に入っていく。


 *****


「……動きは悪くないな」


 スタジオで演じる三隅のアクションを見ながら、俺はそう呟いた。

 もちろん、近くには咲耶しかいないのは確認済みだ。

 それに軽い結界を張って声も漏れないようにしてある。

 誰かから話しかけられたり、近づいてきたら普通に破れるような強度のものだな。

 呼ばれたのに気づかないとかは論外だし。


「女優も大変なようですよ。殺陣もしっかりと習い事として普段からやっているという話でしたし。それもあっての動きでしょう」


 咲耶が仕入れた情報を俺に語る。


「ところどころ、あんな風に剣は振らないんじゃ無いか? と思うところはあるが……」


「それは実戦ではないので仕方の無いところでしょうね。やはりドラマですから、見栄え重視でしょう」


「大ぶりに過ぎるもんな……あっ」


 見ていると、スタジオの空気が一変する。

 出演している三隅ではない女優の一人が殺陣の最中、足を滑らせたのだ。

 スタッフが駆け寄り、ざわつく。

 女優にしきりに大丈夫かと尋ねていたが……。


「……まずいわ。完全に足をやっちゃって……今日の撮影はこれで終わりかも」


 と梔子さんが言いに来た。


「俺たちは別に構いませんけど……大変ですね」


「まぁ、流石にいつもあること、とまでは言わないけど、こういう現場ではないことじゃないからね。仕方が無いわ……」


 そんな話をしていると、ふと向こうから人が歩いてく。


「……ねぇ、玲ちゃん? その子は?」


 確かこの人はプロデューサーだか演出だかの人だったと言っていたな。

 その人に梔子さんは言う。


「え? あぁ……先日うちに所属した新人ですよ。この世界を全然知らないので、とりあえず見学をさせてたところなんですけど……」


「あぁ! 言ってたね! ……へぇ、こりゃまた随分と雰囲気のある子だね……うーん、これは、行けるか……?」

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