第259話 妙な話

「……では失礼しま……うわ、これは……咲耶」


 部屋に入ると同時に漂ってきた、濃密な邪気に俺はついそう言ってしまう。

 咲耶はわかったもので、


「はい……《北御門流結界法・玄武》」


 と即座に唱えて術式を形成した。

 惚れ惚れとするくらいに素早い構築であり、構成も強固でいい出来の結界だ。

 北御門はこういった空間系気術はお家芸であるから、当然と言えば当然なのだが。

 ちなみに俺が使わなかったのは、一応は咲耶が何らかの力を持っている、と梔子さんが認識していたのをすんでのところで思い出したからだな。

 咄嗟に自分で使いかけた。

 

 咲耶が作り出した結界により、邪気の流入がなくなったため、徐々に邪気が弱まっていく。


「今のは一体……?」


 梔子さんが首を傾げながらも、何か行われたと察したらしい。

 やはり多少の霊能力のかけら、みたいなものはあるようだな。

 それに続いて、


「……あれっ……めっちゃ楽になってきた……!!」


 と聞き覚えのない声が聞こえる。

 その声の主は、応接室の中心にあるソファに腰掛けていて、少しばかり青い顔で嬉しそうにしていた。

 彼女は……?

 俺と咲耶がそう思っているのを察したのか、梔子さんが早速、と言った様子で紹介する。


「あぁ、ごめんなさい。この子は三隅結みすみゆい。知っての通り、最近ウチで売り出し中の女優よ。会わせたいって言ってたの、この子なの」


 知っての通り、とつけるあたり、知らないという可能性はほぼゼロだと思っているのだろう。

 年配の方ならともかく、感度鋭い若者が、有名な若手女優を知らないはずがない、と。

 しかし残念ながらそういう方向に感度が恐ろしく鈍い人間がいるのだ……。

 まぁでも今日は俺は付き添いだし、咲耶が主に喋る感じになるだろうしな。

 問題ないか。

 実際、梔子さんの言葉に最初に答えたのは咲耶だ。


「ええ、映画《時の果てで待ち侘びてる》の主演の方ですよね。まだ見ていないのですが、見てみたいと思っています……ええと、私は北御門咲耶、と申します。どうぞよろしくお願いします」


 続けて俺も、


「高森武尊です」


 とだけ言う。

 注目される気ゼロだからな。

 仙気による気配希薄効果もあり、誰も俺には注目せずに綺麗に流されて終わる。

 そして……。


「貴方が玲ちゃんの言ってた人なのね! へぇ……私の後輩になるんだぁ。確かにすごく可愛いし、ミステリアスな感じだし……名前も芸名っぽいね?」


 三隅結がそう言ってくる。

 それに、ん?と思ったのは俺だけでなく、咲耶が梔子さんを見つめた。

 どういうことですか、と視線で聞いている。

 それに梔子さんは視線だけで謝った。

 どうも何か込み入った理由があるのだろう。

 仕方がない、と咲耶がため息を吐いて、


「……ええ、どうぞお見知りおきを。名前は本名です」


 と合わせることにしたようだ。


「北御門ってなんかの貴族とかみたいだし、咲耶っていうのも和風?な感じでいいね! 私も芸名本名なんだけど、なんかシンプル過ぎて好きじゃないんだぁ。あっ、で、そっちの彼がマネージャー見習いのバイト君?」


 俺の方に視線を合わせて言ってくる。

 ほう、そういう話に……なんだか新鮮だな。

 これに梔子さんは、


「そうそう。もともとこの子の友達なんだけど、スカウトした時に私が怪しいって、芸能事務所とか信用できないって話になってね、じゃあ少しマネージャーみたいなことして、確認してみるって話になって……ほら、絶対、咲耶って売れるでしょう? だからどうしても逃したくなくてね、変な話になっちゃったんだけど」


 そういう話の通し方をするわけか。

 まぁ矛盾はしないか?

 ちなみに梔子さんは俺にも視線で謝っている。

 …… 仕方ない。合わせるか……。


「……咲耶は俺の幼馴染で、大事な人です。おかしな人たちには任せられません。だからしばらく監視……というと大仰ですけど、見させてもらいます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る