第258話 ビル

「うわぁ、でっかぁ……」


 ついそんなことを呟いしまったのも、目の前にあるビルを見れば仕方がないことだと思う。

 ビル前にはる看板というか、豪華なオブジェには《ガーデニアプロダクション》の文字が、非常に流麗な字体で記載してあり、ここは大規模芸能事務所ですよとこれでもかというくらいに主張していた。

 中に出入りしている人たちも、どことなく洗練されているというか……華やかな雰囲気の人々が多いな。


「大きいと言っても、四大家の屋敷の方がよほど広大な敷地と建物を保有しているように思いますが……」


 隣にいる咲耶が少しだけ呆れた様子でそう言った。

 俺の反応が小市民に過ぎたからだろう。

 彼女から見れば、この程度のビルなど何ほどのことか、ということなのだろうと思われる。

 まぁ、俺だって無能だったといえど、前世は北御門の御曹司だったわけだから感覚的には咲耶に近くあるべきなのだろうが、高森家に慣れてしまったからな。

 人の感覚は周囲によって容易に塗り替えられてしまうというものだ。

 そんなこと言いながら、高森家だって一般的な感覚から言えば相当巨大な屋敷なのだけどな。

 それでも四大家と比べればウサギ小屋に過ぎないだけで。

 

「……ま、冗談はともかくとして、中に入るか。名刺出せばいいって話だったからな」


「どこまで本気なのか武尊様はたまに分かりにくいところがありますね……」


 すっと表情を戻して歩き出した俺に、咲耶はそう言って続いたのだった。


 *****


「ええと……あ、梔子さんの名刺ですね。確かに承っております。少々お待ちください……」


 中に入り、受付に話して名刺を渡すと、スムーズに話しが進む。

 内線電話をかけ、一言二言話すと、


「七階の応接室にご案内しますね」


 受付のお姉さんがそう言って立ち上がった。

 わざわざ受付の人がそうするのは珍しいんじゃないかと思った俺に気づいたのか、お姉さんは、


「……最近どうも不審者が多いようで、知らない顔が入ると警戒されてしまいがちなので……お二人とも、高校生でしょう? 流石にそれは申し訳ないなって」


 若干フランクな口調でそう言った。

 詳しく話を聞けば、このガーデニアプロダクションでここしばらく、不審者を目撃したという話があるのだという。

 それも頻繁にだ。

 入り口にはしっかりと警備員が立っているし、受付より奥に入ろうとする時にはしっかりとセキュリティーゲートのようなものもあるので、通常の方法なら難しいように思うが、それでも、と。

 内部犯の疑いもあるというが、それこそ見たことのある顔ならすぐに気づかれておしまいだろう。

 そうではないから……と、そんな話らしい。


「やっぱり芸能人を間近に見たいとか、そういう感覚なのでしょうか?」


 咲耶が尋ねると、エレベーターの中で受付のお姉さんが、


「そうなんじゃないかしら……不審者の気持ちなんて、そうそう分からないけど、やっぱりそういう事務所だからね。ただ、その場合はこっちに来るよりもまず、局やスタジオとかの方だと思うんだけど……」


「あぁ、言われてみると、そういうところの方が楽屋?とかがあるイメージがありますね」


「そうそう。後は、直で尾行でもして家を特定するとかね……本当、物騒な世の中で嫌だわ……あ、七階ね。じゃあこっちよ」


 そして応接室まで辿り着き、ノックをすると中から梔子さんが出てきた。


「あ……連れてきてくれたのね。ありがとう」


「いえ、私はこれで。じゃあお二人とも、ごゆっくり」


 そうして受付のお姉さんは去っていく。


「じゃ、二人とも中に入って」


 俺たちはそして、応接室の中へと足を踏み入れた。

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