第255話 尾行

「……ところで武尊様、気づいて・・・・いますよね?」


 咲耶が笑顔を崩さないまま、言った。

 

「あぁ、分かってる。でも、なんで俺たちの方に来てるんだろうな? そのまま梔子さんの方に行くものだと思っていたが」


「私たちが長く話し込んでいたから気になったのではないでしょうか? どうしましょうか」


 一体何の話をしているか、というと、咲耶と街を歩いている間、ずっと、とある気配がしていたのだ。

 というか、尾行されていたのだな。

 それであれだけデートを楽しんでいたのか?という感じかもしれないが、俺や咲耶にとって脅威となるのは強力な妖魔や同類だけであって、普通の人間などどれだけの数がいても話にならない。

 だから尾行されようがなんだろうが、それが妖魔か気術士でない限り、何のプレッシャーも感じないのだ。

 ただ、そんなことをされれば、どうしてわざわざ尾行など、というのは気にはなる。

 だから、そろそろ満足して、帰ろうか、という段になって咲耶も話を出したわけだ。

 帰る?それとも捕まえてから帰る?そんな感じだな。


「一応、話だけでも聞いておくか。梔子さんの調子が悪かった原因の一つだろうし」


「そうですね……妙な念が注がれていました。生き霊とまではいきませんでしたけど」


 そして俺たちは立ち上がり、とりあえず飲食代を会計する。

 それから路地を曲がり、そこで待ち構えた。

 すると、俺たちが曲がって数秒して、その尾行者が少し早歩きで顔を出した。


「……っ!?」


 俺たちが足を止めてそちらを見ているのに気づくと、そのまま脱兎のごとく逃げ出そうとしたが、


「……はいはい、逃げずにこっちで少し話そうか」


 すぐに距離を詰めてその肩を掴む。


「な、なにをするっ!?」


 急に身動きが出来なくなって驚いた様子だが、俺は言う。


「何って、こっちの台詞だよ。ずっと俺たちのこと尾行してただろう? まぁ、すぐに話は終わる。だからこっちだ」


 そのまま俺が引きずっていくと、しばらくの間、拘束から逃れようと暴れていたが、どうやっても抜け出せないと理解してからは大人しくなった。

 路地裏の人通りのないところまで引き摺り込み、それから咲耶が軽く人払いの結界を張る。

 これで誰も助けに来ることはない……なんだか悪人みたいだな?

 別にそんなつもりはないのだけど。

 俺たちはただ話を聞きたいだけだ。


「……で? 何で俺たちをずっと尾行してたの?」


 そう尋ねると、その男は言う。


「び、尾行だって? そんなことはしてないぞ。さっきだって急に拘束されて驚いたくらいで……」


「いやいや、流石にそれは通用しないって。服屋でも映画館でもさっきのカフェでも同じ時間にずっと近くにいるのはおかしいだろ。しかもなんでおじさんが女性服のフロアをうろうろしてるんだよ。言い訳にしても厳しいぞ?」


 まぁ、百歩譲って娘や妻の服を選んでいたとかは言えなくもないか?

 ただ、この人がそんなことをしてる素振りはなく、あくまで少し離れた位置からチラチラこちらを見ていただけなのは確認している。

 だからありえない可能性だ。

 流石にそこまで気づかれていたとは思っても見なかったらしく、男性は目を見開き、それからため息をついて言った。


「……そこまでバレていたのか。なら観念するしかないか……」


「そうしてくれるとありがたいな。別に俺たちは本当にあんたをどうこうするつもりはないんだ。事情が知りたいだけで」


「……わかったよ。そもそも、話すしかなさそうだしな……」


 そして男は語り出す。

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