第252話 始まり

 まさに憑き物が落ちたかのように手を振りながら去っていく梔子さんの姿が見えなくなったところで、俺は言った。


「……俺が主に話してしまったけど、あれで良かったのか?」


 あれで、とは勿論、梔子さんの依頼を受けたことについてだ。

 なんとなくだが、少しばかり面倒そうな予感がある。

 しかし咲耶は言った。


「もともとは私が蒔いた種ですから……。それに、こういう小さな事件も放っておけば大事になることもあります。見つけた以上はしっかりと解決しておくのが、気術士の使命かと」


「それは確かにそうだな。最近の気術士でそこまで真面目なのは四大家の生え抜きだけのようだけど。高校入るまで気づかなかった」


「私もです。同級生たちの能天気具合を確認するまで、全ての気術士は同じ気持ちだと思っていましたが……ですがそういう方々を責めることも出来ないでしょう。そもそも、四大家が異常なのだと思います」


 四大家に漂う、妖魔退治への妄執はほとんど怨念に近いところがある。

 こんなものを皆が求められれば、むしろ気術士の数は今よりはるかに少なくなってしまっていたかもしれない。

 それを考えれば、こういうバランスでいいのかもと思う。


「だが、今更そういう気持ちを捨てる気にもならないし……適度に折り合いつけて頑張って行くしかないな」


「はい」


 決意のこもった目で咲耶は頷く。

 揺らぐことのないものが、そこにはあった。


「そういや、さっきの話の流れだとなんであんなに人集りが?」


 少し気になったので尋ねると咲耶は、あぁ、と言った様子で言う。


「最初、崩れ落ちてたので助け起こそうとしていた人が他にもいたのです。ただそういう人たちは、元気になったのを確認して離れていきましたが……その後に梔子さんがスカウトを始めて、そこから妙に注目され出して……」


「なるほど、ミーハーな野次馬っぽく見えてたが、それは間違えてなかったんだな」


「なぜ私などをスカウトするのか理解できません」


「いや、それは明らかに咲耶が可愛いからだろ。なかなか見ないくらいだぞ」


 高校生になった咲耶の美しさは群を抜いている。

 ただ顔立ちが整っている、というのなら、それこそアイドルや女優にも同じレベルはいるのかもしれない。

 だが、幼い頃から、普通の人間ではまず考えられないほどに厳しい環境で戦い抜いてきた結果、この年齢の少女にはあり得ないほどの存在感が宿ってしまっている。

 気術を扱う者特有の、心地良い自然な気の流れから来る、神秘的な優しさ。

 多くの者に傅かれつつ、しかし従う者たちよりも遥かに強く、庇護すべき者を庇護するために鍛え続けてきた強靭さと責任感から来る、女帝のようなカリスマ性。

 それらが相まって、一度視界に入れたら目を離せないような空気感があるのだ。

 さっきから通行人がチラリと目を向けて、惚けたようになり、そして何かにぶつかってハッとする、みたいなのを何度も見ている。

 これは男女問わずだ。

 若い頃の美智も似たようなものだった覚えがあるから、俺には懐かしいものだが……。

 そんなことを思っての言葉だったが、咲耶は、


「か、かわ……そ、そうですか……武尊様からそう見えるのであれば、嬉しいです」


「誰から見てもそうだぞ。その隣にいるのが平凡極まりない俺で申し訳なくなってくるくらいだ」


 咲耶に対して、俺の方はそれこそ普通極まりなく見えるだろう。

 これは、元々の見た目という意味でもそうだが、それ以上に仙気を身につけて運用しているが故の必然だな。

 仙人の基本は自然との同化だ。

 極めれば、そこにいないのと同じように感じられるほどにまで、存在感が希薄になる。

 俺は流石にそこまでには至ってないが、それでも見ればまるで記憶に残らないような存在に見えるのだ。

 

「そんなことありません。私の隣には、武尊様以外の誰も……友達としてなら、龍輝とか麗華とかがいますけど」


「薙人も入れてやれよ」


「構いませんが、今となっては薙人は私というより武尊さまに首っ丈なので……」


「誤解を招く表現はやめてくれ……」


 あくまでも、修行相手として俺ばかりを望むだけだ。

 やっぱり重蔵に俺が認められてる感じが凄いから、どうしても俺を、となるんだろう。

 ただそこに嫉妬とかはなく、ただただ自分よりも上手な人間から学び取りたいという前向きなものしかないが。


「ま、ともかく今日は遊ぶか。まずは……買い物だな」


「はい、行きましょう」


 そして、咲耶はするりと俺の手を取って歩き出す。

 だいぶ弾んだ足取りで、楽しそうだ。

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