第250話 事情
「……お話はもう終わったはずですが……?」
咲耶がにべもない様子でそう言うが、女性の方は諦めるつもりはなさそうで、
「まだ終わってないわ……お願い」
そう言ってくる。
なぜだか、だいぶ必死な感じで一体何があったのだろうかという気になってくる。
だから俺は咲耶に尋ねた。
「この人となんかあったのか? そもそも誰なんだ?」
すると咲耶は、
「何かというか……この方が、かなり調子悪そうにうずくまっているのが見えたので、話しかけまして」
と言ってくる。
「咲耶の方から話しかけたのか」
「ええ。それで《見て》みたら、肩に《色々》見えたので、少しばかり肩を《祓った》のです。そうしたら元気になられたので、もう大丈夫かなと思って、軽く引き起こしたら、お礼を言われて……」
それを聞いてなるほど、と思う。
この人に魑魅魍魎か悪霊の類が取り憑いていたのだろうな、と。
咲耶はそれを祓ってやったのだろう。
本来なら金を取る仕事だろうが、その辺の一般人にお前の肩についた悪霊を祓ってやったから金を払え、とやったら詐欺呼ばわりされる。
だから何事もなかったように去ろうとしたわけだ。
だが、そこを引き止められた、と。
なんで引き止められたんだろう?
そう思っていると、今度は女性の方が話だした。
「あ、ええと、私はこういう者です」
そう言って俺の方に名刺を差し出してきた。
咲耶に全く取り付く島がないので標的を変えたのだろう。
まぁ別に俺も断ってもいいのだが、いつまでも着いてきそうな気配も感じるので、とりあえず名前だけ把握しておいた方がいいかと名刺を受け取る。
いざとなれば記憶いじればいいしな。
十分程度なら後遺症は残らないだろう。
名刺に書いてあった名前と役職、会社名を見ると……。
「……《ガーデニアプロダクション 新人開発部
ガーデニアって確か梔子のことだよな。
それで名刺に書いてる名前からすると、一族経営の花屋か?と思ったのだ。
しかし彼女は首を横に振って答える。
「いいえ、そうじゃないわ。うちは……わかりやすく言うと芸能事務所よ。そこそこ大きなところなんだけど、聞いたことないかな?」
ほう、芸能事務所。
この言い方からして本当に有名なところなのだろうが、残念ながら相手が悪い。
俺も咲耶も全くテレビとか見ないからな……澪ならよく知ってそうだが。
龍に俳優の名前や芸能事務所の知識で敗北してるのは人間として何か間違っているような気もするが、興味がわかないのだよな。
ただし、外国の俳優は割と知っている。
ハリウッド映画は見ることもあるからだ。
「残念ですが、知らないです。テレビとかあまり見ないもので。咲耶もそうだよな?」
「ええ。あまり興味が……そもそも時間もあまりないですしね」
なぜないのかといえば、修行があるからだ。
俺と違って咲耶は北御門家を取り仕切るためのいわゆる帝王学的なことまで学ばなければならないため、自由な時間は俺よりも遥かに少ない。
と言っても、美智も咲耶に無理させるようなタイプでもないので、今日みたいに出かけようと思えば時間は作れるが、テレビを見てぼーっとするみたいな時間は好まないんだよな、咲耶は。
スケジュールを詰め込んで落ち着きを得るタイプなのだ。
俺と咲耶の言葉に梔子さんはがっくりとした様子で、ため息をついてから言った。
「そうなの……だから何の興味も示さなかったのね。話の持ち掛け方を間違えたわ……」
「一体どんな話をこの子に?」
俺が尋ねると、彼女は言った。
「芸能関係に興味ないか、って。きっと貴女ならすぐに人気が出るわって……」
「そういうことなら、もう行きますけど」
「ちょ、ちょっと待って! だから、それは間違いだったの!」
「どういう意味です?」
「あの……なんて説明したらいいのかしら。さっき、私に何かしてくれた……わよね?」
自信のない様子でそう言った梔子さん。
どうやら咲耶がしたことを、言語化できないまでも気づいているらしい。
確かに一般人にも鋭い人はいるんだよな。
霊能力とかまでいかなくても、霊感っぽいもの、くらいは持っている人が。
それで察したのだろう。
これに咲耶は少し驚いた様子で、
「……どうしてそう思われるのですか?」
と尋ねる。
「それは……さっきまで死ぬんじゃないかってくらい怠かったのに、貴女に肩を払われた瞬間に、ものすごく楽になったから。びっくりしたのよ。でも……何をしたのかはわからなくて」
「……そうですか。ですけど、それがどうかしたのですか? それが一体なぜ私を勧誘した話と繋がるのでしょう」
「これもどう説明したらいいのかわからないのだけど……うちの子にね、私と同じような、原因不明の辛さを抱えてる子がいて、もし何か出来るなら、やってほしいと思って……ごめんなさい。訳のわからない話よね」
自分で言いながら、やはりおかしなことを言っている、というのも理解しているのだろう。
しかし、彼女にとってはそうでも、俺たちにとっては自明だった。
そして、そういうことなら回り道せずに直球で言ってもらえた方が良かったのにな、とも。
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