第242話 成立

「ちなみに、契約にあたって私がすることは何かあるかい?」


 桂花族の男が俺にそう尋ねる。

 考えてみれば式鬼術は古くに失われた伝説の技法だ。

 そのやり方を知らなくて当然だった。

 俺だって教えられなきゃ知らなかったんだしな。

 俺は答える。


「俺の問いかけに答え、自らの名と力を俺に捧げてくれ。言葉自体は自由で構わない」


 澪から教えられた術式によればそういう感じだった。

 間違えられないのは術式の構成自体で、本人の誓いの言葉などの詠唱関連ではないのだ。

 

「名と力を捧げる、か。本当に全てを縛る術なのだね……」


「やめておくか?」


「……いや。それだけ雁字搦めにするのだから、私の安全も逆に保証されるようなものだろう。食事にも困らなくなりそうだし、全く構わないよ」


「そうか……それなら始めるぞ」


「あぁ」


 そして俺は術式を形成する。

 

「……《天地から生まれし鬼神よ、我が力を受け入れ、我が身に従い給え。桂男よ、我が名は高森武尊。我が意に従い、我を守り、我と共に死ぬるか。我が自由の代わりに与えるは、我が力。がえんずならば、魂を開け》」


 以前、澪に対して行った時とほとんど変わらない詠唱。

 しかし、微妙に変えてあるのは、あの時の俺とは力の構成が異なっているからだな。

 真気だけでなく、仙気も持つようになってしまったので、それを除外するとおそらく契約が不完全になる。

 だから、俺の全身全霊の力でもって、契約するためには細かいところの調整が必要だった。

 まぁ、こういうこともいずれあるだろうと、術式の改造は澪と共にちょろちょろ行っていたからな。

 あとは仙界の師匠たちとも相談したりとか。

 だから失敗の恐れはない。

 問題があるとすれば……まぁ、これはいいか。

 俺の言葉に桂花族の男は答える。


「《従いましょう。私の名は淡月たんげつ。高森武尊よ、私の名と力を受け取ってください》」


 それと共に、男……淡月の体から妖気と真気が俺に向かって流れ込む。

 澪の場合とはかなり勝手が違うな。

 あいつの時は、霊気が大半だったが、淡月の場合は妖気の割合がほとんどだ。

 妖魔だから当然なのだが。

 加えて、真気は淡月が淳君とかから奪ったもので、まだ妖気に変換できていないものだな。

 この感じだと、他人から真気を奪い、食べたあとは、しばらくストックして徐々に妖気に変換していくのかもしれない、と思った。

 やはり他の妖魔とは少し違った在り方をしている不思議な存在だ。

 だからと言って、式鬼術がうまくいかない、なんてこともないが。

 俺は妖気と真気の欠けた部分に、俺の力を注ぎ込む。

 八話方は真気だが、二割は仙気だな。

 これは今の俺の器を構成する気の割合になるので、同期する感じだ。

 そうしないと契約が成立しない。

 澪に関しては、契約をすでに結んだ後に、仙気を得ているので、自動的に調整がされているからこういう手間はなかった。

 まぁそこまで面倒という感じでもないのだが……。


 そして、俺の気が注がれ、欠けた部分が全て埋まると、気術陣が割れるように消えていく。


「……これで、契約成立、ということですか?」


 淡月が聞いてきたので、俺は答える。


「あぁ。何かおかしなところとかはないか? 正常に成立したはずだが」


 少なくとも俺の方は全く問題ない。

 淡月は自分の手足を動かして確認してから、言う。


「……おかしなところというか、不調な部分は、ありません……」


「……ん? 引っかかる言い方だな……」


「いえ、調子が良すぎるというか……この身が精霊に近づいたのを感じているのですが……一体何を……いえ、これは……まさか、仙気……!?」

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