第238話 味見

「……確かにその通りなんだが……なんだか調子が狂うな」


 目の前の銀髪の男の言葉に、俺はため息をつきながらそう言った。

 妖魔とこうして会話することは、今世では割とあるといえばある。

 前世と違って、気術士は全ての妖魔を滅ぼすだけしていればいいのだ、とは思えなくなってしまっているからだ。

 妖魔がいなければ、温羅と出会えなければ、そして奴に鍛えられなければ、俺はなすすべもなくただあの時消滅して終わっていたのだから。

 それを考えるとどうしても、妖魔というだけで話を聞かない、という選択肢は取る気にはならない。

 もちろん、妖魔は人とは違う生き物だ。

 そのため、ものの考え方には大きく隔たりがある場合が多く、油断することは出来ない。

 けれどそれは人間相手でも同じことだ。

 話し合いとは、思想が異なるもの同士での妥協点を探し出すための手段なのだから、むしろ正しい会話とも言える。

 だから俺は……。


「調子が狂う、か。それはこちらも同じだが……普通、気術士なら妖魔を見れば素直に襲いかかってくるものだからね……」


「お前のように話が出来ても、か」


「惑わそうとしている、と思われるようでね。もちろん、そう言う場合がないとは言わないさ。だが、どれが本当でどれが嘘かは自分で判断すればいいことだろう? それなのに何を言おうととりあえず殺そうとしてくるのだから……困ってしまうよ」


 肩をすくめてそう言った。

 確かに彼らからすればそんなイメージか。

 飛んだバーサーカーだが、気術士とはそういうものだ。

 実際、妖魔に騙された結果、大規模な被害を出してしまうことも歴史上何度もあったと言うからな。

 それを避けるために妖魔の話は一切聞かない、という方法に至ったのは仕方のないことかもしれない。

 それでもどうしても接触を避けられないような相手は、聖獣だ、とかそういうことにして妖魔ではないと言い張るとか、色々矛盾はあるのだが、仕方のないことだろう。


「まぁ……その辺については俺の立場としてはなんとも言い難いところだが、お前が話の通じる妖魔だと言うのなら、話をしたい」


「うん、なんだろうね?」


「まず、人が死にかねないほどの真気を奪うような捕食はやめろ」


「おや、捕食自体をやめろとは言わないのかな?」


「それこそ俺たちに肉を食うなと言うのと同じようなものだろうしな……代替手段はあるかもしれないが、俺は肉が好きだ。ステーキなどたまらない」


「おぉ、話が分かるね。うん、さっきも言ったが、今回のことは正直、私にとっても事故でね。元々、人が死ぬほど真気を吸ったことは……なかったとは言わないが、少なくとも成熟してからはやったことはなかった。加減を覚えたからね。今回は本当にイレギュラーだった……しかし、それにしてもよく助かったものだ。もう一人のお嬢さんも元気なのだろう? お礼を言っておくべきかな」


「犯人に礼を言われてもな……」


「確かにそうだ。しかしどうやって……」


「俺が真気を補充したんだ。簡単な話だろう?」


「君はそんなことが出来るのか……かなり高度な技術だと思うんだが」


「それが分かるお前も結構なものだな」


「真気を食べるのが私たちだからね。味にうるさいので、その性質にも自ずと詳しくなる」


「いちいち最もなやつだな……」


「悪いね、理屈っぽくて。けれどそうなると……君の味も少し気になるが……」


「お? やるか?」


 別に話が通じるからって戦わないとも言わない。

 ここで倒してしまった方が後々の被害は小さくなる。

 向こうがやる気ならそれでも俺は構わなかった。

 しかし、男は首を横に振る。


「……いや。私では君にはとてもではないが勝てなさそうだ。やめておこう」


「懸命な判断だが……まぁ、別に味見したいなら少しくらい真気やってもいいぞ。これでも食えるか」


 小指の先くらいの真気を球状に出して、それを男の前まで飛ばして浮かべる。


「……お、おぉ……なんて器用な。しかし、これを食べてもいいのかい?」


「その程度ならな」


「では遠慮なく……」


 毒など入っていないか、みたいな用心はしないようだ。

 まぁ真気の塊に毒なんて入れようがないのだが。

 そしてそのままパクリ、と口に入れると、男は、


「こ、これは……うまぁい!!!」


 と叫んだ。

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