第237話 桂

「……実験場、ね。これはお前が?」


 俺がそう尋ねると、目の前の人物は頷いて、


「その通りだとも」


 と言った。

 なるほど、こいつがここの主なのか。

 それにしても……。


「なぜ桂花けいか族がここに? お前達はほとんど人前に出ること無く過ごしてるんじゃ無かったのか」


「おぉ、私たちのことを知っているのかね? ふむ……何者だろうか」


 首を傾げるその仕草も含めて、敵意は感じられなかった。

 どちらかといえば面白そうに、興味深そうに俺たちを見つめている。


「おい、武尊。桂花族って……?」


 紅宮さんがそう尋ねてきたので、俺は答える。


「妖魔の一族ですよ。銀色の髪に紫色の瞳を持った、人間の容姿をしている……。桂男、とも呼ばれています。元々は中国からやってきた妖魔の一族なのですが……妖魔の中でも変わり者で知られていてね。ほとんど人を襲うようなことは無く、自分たちの《目的》のためにだけ動いています。まぁそうは言っても、人の生気を吸うことで存在を維持してるので、襲わないと言っても、他の妖魔よりは、というだけですが」


「本当によく知っているね、君は。最近の気術士は私たちのことなどほとんど忘れ去っていると思っていたが……」


「まぁ、色々とね。気をつけろとも言われている」


 誰にか。

 これは意外にも温羅に、なんだよな。

 あいつは自分と同格の存在について口にしていたが、その他にも特に気をつけた方が良い妖魔の種類や種族というものをたまに思い出したかのように言っていた。

 その中の一つが桂花族、桂男と呼ばれる奴らだ。

 一見大した妖気を持っていないのだが、特殊な技術体系を持っていて侮れないらしい。

 最近の気術士は忘れ去っている、と言っていたが、彼らについては俺も前世含めて大した話は聞いたことが無い。

 そういう妖魔もいる、と聞いていたくらいで、具体的にどう戦えとか何に気をつけろとか、そんな話は無かった。

 非常に珍しく、滅多に出会うこともないので情報がほとんどないということらしかった。

 

「ほう……それはそれは。だが大して危険な妖魔では無いよ、私たちは」


「理性的には感じるが……しかしこの設備を見る限り危険では無いとは言いがたいな」


「そうかね? これは確かに人から仕入れたものだが、自前の眷属達を研究しているだけだし……あぁ、でもそこの君には悪いことをしたかな。少しばかり生気をもらってしまった。今は大分回復しているようだが……もう一人のお嬢さんは元気かね?」


「……やっぱりお前が犯人か」


「私たちも食べなければ死ぬのでね。こればかりは、牛豚鶏を人間が食べることと同じだよ。それでも私たちの方が慈悲深いと思うが。必要最低限に抑えているのだから。君たちは際限なく殺すだろう?」


 その辺の価値観については……まぁ正直、言い返せることは無いな。

 妖魔にとって人間とはつまり、そういう存在なのだと言われればまぁそうだろうとしか言えない。

 実際、こいつは確かに二人さらっているが、それでも全ての生気を吸わずに返している。

 記憶をいじってはいるが、それとて存在を露見させないためにやったことだろうし。

 生物としての罪深さを考えると、悪とは言えない。

 少なくとも人間からは。

 だが……。


「それでも、同族が殺されかけたら怒るのも当然だろう?」


「殺され……? あぁ、吸い過ぎたか。すまない、この《庭》の維持に思った以上に力を使ってしまっていてね。加減が効いていなかったか。いつもなら、自然回復で足りる程度に抑えられているはずなのだが……」


「殺す気はなかったと?」


「あったらわざわざ一週間程度の記憶を狙って消して返したりなどしないよ。それよりここで殺してしまった方が早い。そうだろう?」

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