第233話 妖魔の庭

「……ここは、霧がすごいな」


 扉の中に入ると、急に立ち込めてきた霧に視界を封じられる。

 ただ、俺にとっては問題のないことだった。

 目で見ることも勿論するけれども、気を感じ取ったり、音で見たりなど多くの方法で周囲の気配を感じることにしているからだ。

 しかし、他の二人はそうもいかないようで、


「何も見えねぇ……」


「視界が……」


 などと言っている。

 とんだ足手纏いだ。

 だが、俺はわかってて連れてきたんだけどな。

 結局のところ、俺が一人でここに来たら相手は逃げてしまっていたと思う。

 しかし、この二人がいれば……。


「よし、来たな……」


 離れたところから、何かの気配がやってくる。

 結構な高速で向かってくるその何かは、かなり小さめの存在のようだった。

 そしてそれは途中で飛び上がり、そしてそのまま、紅宮さんと淳くんめがけて突っ込んでくる。

 放置しておけば確実に二人はその攻撃にやられることが見えたので、


「……《気壁よ、顕れよ》」


 呪文を唱えて気術による壁を張る。

 大したものではないが、敵の攻撃を遮るには十分なものだ。

 事実、そこにべしり、とぶつかってズルズルと落ちていくそいつを、俺は捕まえた。

 二匹だな。

 さらに少し風を起こして、霧を散らす。

 すると紅宮さんと淳くんにも俺の姿が見えたようで、


「あ、やっと視界が……って、それ何だ?」


「うさぎ……みたいに見えるけど……?」


 そんなことを言う。

 事実、俺が捕まえたそれは、ウサギにしか見えない存在だった。

 ちょうど、両手で耳を引っ掴んでぶら下げている。

 逃げようと暴れているが、気術によって拘束を掛けているので大して動くこともできない。

 

「これは《三ツ目兎》だな。割と古くからいる妖魔で……見た通りだ」


 本物のウサギと違う点は簡単で、額にもう一つ余分に目を持っている。

 こいつを使って真気などを見ることが出来ると言われている。

 事実、霧の中、一直線に二人に突っ込んでいったしな。

 俺の方に来なかったのは、隠匿術のお陰だ。

 しっかりと囮として機能してくれるのを確認できた。


「……おぉ、確かに目が三つある……。え、こいつが今回の事件の犯人ってことか?」


 紅宮さんが《三ツ目兎》を観察しながら尋ねてきた。

 しかし俺は首を横に振る。


「いや、そうじゃないですね。そもそもこれは大して強い妖魔じゃないですから……曲がりなりにも気術士である淳くんを攫ったりは出来ないですよ。まぁ今、ちょっとやられそうだったけど」


「面目ない……」


「いや、構わない。二人は本当に囮として連れてきたから、それが機能してるのを確認できたから万々歳だ。ただ、ここからは少なくとも淳くんは少し気をつけた方がいい。これ、この《妖魔の庭》だと最弱の妖魔だと思うから。次々来るだろうし。数増やすの簡単なんだよな、こいつ」


「そうなんだ……その割にあんまり見たことないけど」


「本来は珍しい妖魔でもあるからな。俺はたまたまよく見る機会があっただけだ」


 どこでかと言えば、改造妖魔の研究所とかでな。

 そういうところでモルモット代わりに使われていることが多い妖魔なのだ。

 そしてそれがここにいるということは……?

 この《妖魔の庭》は思ったよりも単純な場所ではないのかもしれないな。

 杞憂だといいのだが……。


「ともあれ、先に進むぞ。ずっとここにいると気づかれるからな……」


 俺の言葉に二人は頷いたのだった。

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