第227話 収穫

「……で、どうだった? 理恵ちゃんの話は」


 一通り、山崎理恵から話を聞き終え、挨拶をして家を出てきて車に戻ってから、紅宮さんがそう尋ねてくる。

 

「やっぱり話自体には大したヒントがありませんでしたね。道を歩いていたら急に気を失った、気づいたらどこかに立っていて、家に戻ったら家族に酷く驚かれた。そんなところでしたから」


 家族に驚かれたのは、何日も行方不明だったのに当時の格好のまま、ひょっこりと帰ってきたからだろう。

 特に痩せた様子も健康を害した様子も、外見からは確認できないので余計に。


「まぁ、そうだよなぁ……気を失ったってのは……」


「あれは、映像で見たあの腕のようなものに捕まれた時の記憶でしょうね。捕まれた瞬間を覚えていないのは、ショックのあまり忘れたか、そういう術を使って記憶をいじっているからでしょう。浚われている間の記憶が無いのも、同じでしょうね」


 記憶をいじるのは、ほんの一瞬程度ならほとんど害を及ぼさない。

 十秒前の記憶を忘れさせるとかならでもな。

 ただし、その期間が延びれば延びるほど、脳や精神に害が生じてくる。

 五日以上もの間の記憶をいじられたのなら……今後どういう後遺症が出てくるか分からない。


「大丈夫なのか、理恵ちゃんは。そもそも、なんだか前に会ったときより気配が希薄だったんだが……まるで……その……」


 紅宮さんが続きを口ごもったのは、その先に続けようとした言葉が、まるで今にも死にそうな気配に思えた、というものだからだろう。 

 霊能力者だからな。 

 そういう気配には敏感ということだ。

 そしてそれは間違っていない。


「あれは体内の真気を九割方奪われていたから、ですね……」


「そうすると、どうなる?」


「一般人が持っている真気の大半は、生命維持に使われています。無意識にね。だからそれが失われたと言うことは、生命を維持できなくなると言うこと。まぁ真気を補充できれば何の問題も無いのですが、一般人にはそのような技術はありません。ですから、早晩命を落とす……あの様子だと、一月程度が」


 山でした、と言おうとしたところで、


「おい! そりゃねぇだろう! どうにか出来ないのか!」


 と紅宮さんが俺の胸ぐらを掴んで言う。

 おおう、びっくりした、と思ったが、状況が状況だ。

 分からないでもない行動だった。

 そして優しいな、紅宮さんは。

 たまたま知り合ったただの目撃者だというのに、そうやって肩入れできるのはいい人だ。

 だから俺は言う。


「ちょっと待ってください。最後まで話を聞いてくださいよ……」


「あ、わ、悪い……」


「安心してください」


「え?」


「彼女は本当なら、一月程度が山でした。ですけど俺が来ましたからね。真気は俺が補充しておきましたよ。ちょっと入れすぎたので、少しばかり長生きになってしまったかもしれませんが、それでも一般人の範疇からは抜けないと思うので」


「本当か……?」


「疑うんですか?」


「いや、そんなつもりはねぇが、そんなことが可能なのかと。寿命を延ばせるなんて……」


「伸ばしたというか、元通りにした、の方が正しいですね。少し延びたのは、普通の人間でも真気が満ち満ちていればそれくらいの伸びしろはあるってだけです。百五十まで生きたい、とかなってくると、流石に気術を学べという話になりますけど」


「そうなのか……いや、良かった……しかし、本題についての収穫はゼロか……」


「それなんですけど、必ずしもゼロとは」


「どういうことだ?」


「聞いた話には何も無かったですけど、こんなものを見つけましたよ」


 そう言って俺は小さなビンを取り出す。

 そこには、ギチギチと不快な音を立てる、真っ黒な虫のようなものが入っていた。

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