第223話 準備

「……武尊。お前何を作ってるところだ?」


 家の工房にこもっていると父上である圭吾がふらりと入ってきてそんなことを尋ねた。

 四大家における高森家の格が上がってから、父上は大分忙しく、家にいないこともザラだ。

 というかほとんど留守にしている。

 それだけ四大家の仕事は沢山あって、たとえ分家といえども激務だという事に他ならない。

 分かりやすく言うなら、今の父上の立場は大企業の子会社の社長、くらいの感じだからな。

 指示を出さなければならないことも、確認しなければならないものも沢山ある。

 その上に、父上自ら出張らなければならない案件も多数抱えているだろう。

 家に長くいられなくなっても仕方が無い、というわけだ。

 それでもこうやってふらっと帰ってくることがあるのは、一つは母上との時間を過ごすため。

 そして、もう一つ理由があった。


「明日ちょっと用事があって、その為の準備をしてるんだ」


 そして、俺は父上に事情を説明する。

 すると父上は頷いて、


「なるほど、そういうことなら術具の一つ二つは必要だろうな。しかしそれほどの妖魔がいるのなら、学生レベルが対応するような話でもないように思うが……お前なら平気か。美智さまも、お前のすることには手を出さなくて良いとおっしゃっておられるし」


「まぁ、まずそうだなと思ったら素直に大人の気術士にでも助けを求めるから」


「お前が助けを求めるような相手に対応できる気術士がどれほどいるのか疑問だが……」


「そうかな? おっと、そうだ、父上こそ何か用事があったんじゃないの? 素材切れ?」


「あぁ、そうだった。危なく忘れることだった……《龍の髭》と、《仙墨》の在庫はあるか? どうもそろそろ切れそうでな……」


 どちらも、儀式で使うための素材の名称だ。

 本当に龍の髭なわけでも、仙人の使う墨というわけでもない。

 どちらも本物を持ってはいるが、この場合は気術士がそう呼んでいる別の品を指している。

 父上がここに戻ってくる理由の二つ目は、これだ。

 俺が様々な素材について自作しているために、出来れば譲って欲しいと来る。

 もちろん、以前は父上も他の問屋から購入していたのだが、ある日、その問屋の在庫がなく手に入るめどが立たない、と愚痴っていた時に、自作で良ければあるけど、と父上に俺が渡した。

 それを半信半疑で使ってみた結果、市販品よりも良い結果が得られたらしい。

 俺も何もかも作れるわけじゃ無いから、それで問屋から仕入れなくなったとか、付き合いがなくなったみたいなことはないのだが、たまにある重要な場面では俺の自作した品をよく使うようになった。

 で、なくなったらこうして取りに来るわけだ。

 もちろんただではなく、しっかり材料費と多少の工賃くらいは貰っている。

 でないと材料の仕入れを俺が出来なくなるからな。

 工賃は正直、作っているのは俺の趣味だから大していらなかったのだが、父上がこういうことには正当な報酬が支払われるべきだ、と結構なお金をくれる。

 過保護すぎないか?

 と思うがまぁ、ちゃんと仕事はしているわけだから、むしろ正しいか。

 友達価格ならぬ家族価格で渡したいのだけどな……。

 ちなみに母上にも同じように下ろしているが、こっちは金銭感覚がちゃんとしているというか、若干ケチなので母上価格になっている。

 もちろん、俺にとっては全く問題ない。

 そもそも母上は、父上が今まで片付けていた仕事を請け負わざるを得なくなり、それで大分大変そうだから、そのために色々してあげたかったのだよな。

 儀式の素材くらいでそれが出来るのなら、俺としては願ったり叶ったりなのだった。

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