第217話 倍速

「……おっと、そういやいけねぇ。自己紹介してなかったな。私の名前は紅宮くれみや羽豆はずと言う。《警視庁裏課》の……課長代理だ。お前は?」


 女性……いや、紅宮さんか。

 紅宮さんがそう言ったので、俺も改めて挨拶する。

 まぁ、俺は一応、《裏課》の扉を叩いた時に名乗ってはいるが、苗字だけだったしな。


「俺は高森武尊です。四季高校生徒会の平役員で……あぁ、あとはさっき言いましたけど、これでも四大家の分家の跡取りということになります。大した家ではないですが」


 でも今じゃあ中位くらいの家の扱いにはなってるんだよな。

 四大家の中でそれだと、結構な家ということになってきてしまうが……まぁ元は最下級の家だったわけだし、いいだろう。


武尊たけるか。じゃあ、武尊って呼んでいいか? 馴れ馴れしいかもしれないが」


「別にいいですけど、昏石先輩は苗字なのになんで俺は名前なんですか?」


「うーん? あいつは昏石って感じだからそう呼んでるんだが、武尊は……高森って感じがしないんだよな。武尊って感じがする」


「それは……」


 妙なことを言っている、と普通は捉えるべきことだろうが、こと、気術士の世界だと話は変わってくる。

 名前というのは重要だ。

 そこに魂が宿る。

 意味のある《ことば》なのだ。

 俺の場合、確かに高森武尊ではあるけれども、高森の苗字は転生して改めて得た名前に過ぎない。

 しかし武尊の名前は……漢字こそ異なるが、前世から名乗っていた名前だ。

 そこに力が宿っていることを、感じての言葉だろう。

 つまりは……。


「……紅宮さんもやっぱり、霊能力者ですか?」


「お、分かるか? これでも交通課の藤田よりはマシな方だぞ」


「交通課の藤田って誰ですか……」


「お前をここまで案内してきたやつだよ」


「あの人、交通課なんですか……」


「気術士ってたまにスピード出しすぎで出頭することがあるからな。そういう時にその辺わかってるやつじゃないと、色々と問題が起こりやすくて……」


 なんか聞きたくない話だが、俺は尋ねる。


「どんな問題が?」


「一番は暴れる、だがそれ以外に、それこそ何らかの気術で誤魔化されることがある。大規模な術は使うとバレやすいが、軽く勘違いさせる、くらいのもんだと分かりくいんだろ?」


「あぁ、確かに……」


 それは事実だ。

 精神に影響を与える気術は危険なものが多いが、ちょっと書き間違いをさせるとか、思った通りの答えを言わせるとか、そのレベルだと本人も気づかないレベルで済む。

 さらに、のちに気術士が調査しても痕跡が出にくい。

 そういう小狡いことをする気術士がそこそこいるわけか……モラル低いな。

 まぁ普段、妖魔を倒したり、そのために森林やら建物やらを倒壊させることすらあるような存在なのだから、そこにモラルを期待しても仕方がないかもしれないが。

 ただ聞いたからには……。


「俺の方から後でその辺については厳しくするよう、各所に掛け合っておきます……気術士がご迷惑をおかけしてすみません」


「えっ、マジか。そりゃ助かるな……じゃあ、こっちもしっかり今回の件については協力しねぇと。ええと、とりあえずは防犯カメラの映像とかの確認からしてもらおうと思うんだが、いいか?」


「構いませんけど、まだしてないんですか?」


「いや、こっちの方ですでにしてあるから、ある程度ピックアップしたものになる。まさか一週間分全部見るとかしたかないだろ? 私はしたけどな……何倍速にしても飽きたよ……」


 げっそりとした表情でそう言う彼女は、もしかしたらここのところそれにつきっきりだったのかもしれない。

 しかしそのお陰で俺は楽が出来そうだ。

 だから、


「じゃ、お願いします」


 そう言ったのだった。

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