第202話 会長の気導具
「これがあるから、会長も副会長も咲耶に負けはしないと思っているのですね」
俺がそう呟くと、猪鹿月副会長は言う。
「そういうことね。気導具は最低でも一線級──下級妖魔数体と単独で戦えるくらいの実力がないと作り出せないわ。うちの高校でも作り出せる人は数人ね。そしてその中でも、会長の気導具は最強よ」
下級妖魔数体と単独で戦えるなど、気術士なら余程の無能でない限り誰でも出来ると俺は思っていたが、この高校で生活しているとそういう常識が崩れていく。
あくまでも四大家ではそうだった、と言うだけだったのだなと。
そんな中でその余程の無能でない限りあり得ないとされていたことが、前世出来なかった俺なわけだが、他の一般的な気術士の家に生まれていればそこまで病まなかったかもしれないな。
少なくとも、強大な妖魔の元へと特攻する突撃隊の一人に命を顧みず参加させてくれとは言わなかっただろう。
今振り返ってみれば分かるが、あれはほぼ自殺だからな。
実際、死んだわけだし。
他殺だが。
「それにしても、数が凄いですね。短刀に槍、大刀に……あぁ、鎧もそうですね」
龍輝がそう言う。
そう、会長が出現させた気導具は、一つではなかった。
会長の周囲に衛星のように浮かんでいる複数の武器、そしていつの間にか身につけたように見える鎧が彼女の気導具だった。
気導具はそもそも自らの真気を使って形作る気術士のための武具であるから、数に制限があるわけではないが、作り出せるものを任意に選べるというわけではない。
気導具を作れるようになった時点で、それぞれに合った気導具が自ずと形作られるのだ。
それがゆえに、会長のように複数の武具を気導具として作る気術士は珍しい。
実際、龍輝の父上なんかは、弓しか使っていなかったしな。
まぁ、あれで全てなのかどうかは断言出来ないが。
俺がそれをみたのはかつての邪術師との戦いの時など限られた機会でしかない。
そしてそれを出すまでもなく、その辺の妖魔など倒し切れる実力があるから……。
ともあれ、龍輝の言葉に会長は頷いて答える。
「ええ、そうね。普通はあんなに沢山作れることはないけど、あの娘は特別よ」
そして、会長が咲耶へと襲いかかり始めた。
かなり素早い動きで、気術による身体強化の効果だろう。
加えて、周囲に浮かぶ武具のうちから槍を手に取り、咲耶に向かって振りかぶる。
踏み込みも思い切りが良く、口だけの実力というわけではなさそうだ。
ただ、咲耶はそんな槍をギリギリのところで避ける。
けれど、会長の攻撃がそれだけで終わるわけもなく、彼女は次々に突きや薙ぎを繰り出していく。
初めのうちはそんな猛攻を続けていた会長だったが、まさか体力が無限に続くわけもない。
徐々に速度が落ちていき、そして、懐から鉄扇を取り出した咲耶が会長の槍を弾いた。
それによってまずい、と考えたのか、会長は距離を取り、息を整える。
……まぁ、まさに様子見だな。
俺は龍輝と目を合わせる。
この程度で終わるなら何の心配もなさそうだな、というアイコンタクトだ。
ただ副会長の方に視線を向けると、彼女は目を見開いて驚いていた。
「会長の気導具が……弾かれた? ただの鉄扇に?」
驚いた点はそこなのか、と俺は思う。
「あの槍は切れ味がいいんですか?」
と俺が尋ねると、副会長は言う。
「……切れ味自体は普通、なのだけどね。容易に弾けるものではないとは言っておくわ……」
なるほど、何かしらの効果がかかっているらしい。
まぁ、気導具って基本的にそういうものだからな。
当然と言えば当然か。
ただ、咲耶の鉄扇もただの鉄扇ってわけじゃない。
あれは彼女が手ずから作った、術具だ。
強度も含めて、普通ではない。
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