第195話 生徒会室

 四季高校気術棟五階、生徒会室にて。


「……正気ですか? あんたこの高校の生徒会長でしょう? なんでいきなり新入生に喧嘩売ってるんですか?」


 生徒会室最奥に鎮座する座り心地の良さそうな椅子に座る生徒会長、姫川葵に対して、舌鋒鋭くそう言ったのは、生徒会副会長である猪鹿月いかづきこよみだった。

 スラリとした長身に、ショート丈に切り揃えられた青みがかった髪は艶やかで、どこか冷たい印象を一見抱かせる彼女。

 その切れ長の瞳が向かう先で、冷や汗を流している姫川。


「……しっ、仕方ないじゃない! むしろ向こうが喧嘩売ってきたんだから! 生徒会長として、受けないわけにはいかなかったのよ!!」


 必死な様子でそう言い募る姫川の様子に、入学式で見せていた余裕や異様な雰囲気は一つもなかった。

 駄々をこねる子供のようですらあり、それを見つめる暦は呆れたようにため息をつく。


「話を聞く限り、喧嘩を売ったのは貴女の方のように思いますけどね……。そもそも、生徒会に有能な新入生を誘ってくる、という話がどうして決闘をしようということになるんですか? 断られたなら引けばいいだけの話ではないですか」


「……引いたら負けよ」


「何に負けると言うのです……一度断られても、折を見てまた誘えばいいというのに。今、新入生は色々な手続きやら授業に慣れたりやらで忙しいんですよ。今はまず無理だという気持ちになっても仕方がない。ですけど、時間が出来たり、後々、高校生活を過ごすうちに何かを変えたいと言う気持ちが芽生えることもある。そうなった時に改めて誘えば可能性くらいはあったというのに……今回ので完全にその芽は無くなりましたよ?」


「かっ、勝てば言うことを聞かせられるわ!」


「勝てば? そもそも何か賭けるとかそんな話してないでしょう、貴女は……。細かくレギュレーションの確認すらもしてないのに……まぁ、これは不幸中の幸いですか。もしも公式戦として挑んで負ければ、貴方はランキング一位を新入生に奪われる初の生徒会長になってましたよ」


 この学校で行われるランキング戦には、公式戦と非公式戦がある。

 公式戦は勝敗によってランキングの入れ替わりが行われるもので、通常、下位から上位へと挑戦が行われた場合に選ばれるものだ。

 非公式戦はそういったものとは関係なく、ただランキング以外のものを賭けることはある。

 なぜそんな試合をするのかといえば、こちらは基本的には腕試しとか、訓練とか、そういう意味合いが強く、殺伐としたものになることは滅多にない。

 しかし、今回ばかりはそう言うわけにはいかないだろう、と暦は頭を抱えた。

 

「何よ、私が負けるって言うの?」


「そうは言いませんけど、もしもということがあります。普段から言ってますよね? 軽率な行動は慎むようにと。そもそも自分がここになんで来たのか、それをよく思い出して……」


 と、そこまで言いかけたところで、


「うるさいうるさい! ベーっだ!」


 と姫川は叫び出し、そのまま生徒会室から逃走した。

 それを見送った暦に、今まで無言で二人のやり取りを見ていた書記の昏石くれいし琥珀こはくが言う。


「……で、実際のところどうなんだ? 会長は勝てるのか? 北御門のご令嬢なんだろう、相手は」


「……一応、新入生ですからね。今は流石に会長に軍配が上がる……と言いたいところですが」


 そこで言葉を切った暦に、琥珀は尋ねる。


「なんだ?」


「やってみなければわからないと言うのが正直なところです。北御門のご令嬢については一切情報が得られてないんですよ。調べてもどうでも良い話ばかりに突き当たって……」


「隠されてるってことか?」


「おそらくは。余程の逸材なのかもしれません……いや、それにしても本当に公式戦を挑んでいなくて、良かった。そこを強弁してなんとか観客も入れない方向で調整しましょう。相手の方もそこまで詰めないでくれて助かりました……いや、もしかしてあえて……? まさか」


 暦はそう言いながら考え込んだのだった。

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