第194話 煽りの理由

「……はて? そんなつもりは……」


 俺の言葉にそう言いかける咲耶に、俺は詰めるように言った。


「ない、とは言わせないぞ? 途中までは多少腹を立てているとはいえ、そこまでではなかったとは思ったが……」


 すると咲耶も諦めたようにため息を吐いて、


「……申し訳なく存じます。確かに、最後はあえて煽りました」


 そう言った。


「どうしてそんなことをしたんだ? いや、咲耶は俺みたいに目立ちたくない、みたいなのはないだろうから別に構わないっちゃ構わないんだが」


 俺は目立ちたくないから学校では基本的に誰にも正面切って喧嘩を売るつもりはない。

 どうしようもない場面があったらまた話は別だが、自分から積極的にそういうことをする気はないのだ。

 しかし、咲耶は正直、入った時点で有名人だからな。

 君信みたいな東北の田舎者を自称する、実際地方の出の人間ですら、四大家のことは知っているし、その令嬢である咲耶のことは顔を知らなくても当たりをつけることが出来るレベルだ。

 関東に本拠地がある家の人間であれば、ほぼ100%知っていると思っていいだろう。

 だから目立つ目立たない、は彼女にとっていまさらの話になる。

 けれど、そういう意味を込めての俺の言葉に、咲耶は首を横に振った。


「私だって、極端に目立ちたい、などとは思っておりませんよ。学校での振る舞いも……成績なども適当なところで収めて卒業しようと思っていたくらいです」


「へぇ、首席とか取らなくていいのか? この学校にそういうのがあるのか知らないけど」


 大学とかではあるだろうが、高校で首席とかはあまり言わないよな。

 ただここは大抵の気術士にとっては最後の学校になるところだ。

 卒業時の成績はそのまま就職のために必要なものとなるので、あるのかも知れなかった。

 事実、咲耶は、


「あると聞きましたね。ただ私の場合、北御門家でやっていくのが決まっていますから、そのようなものをとったところであまり意味が……。欲しい人がいるのなら、譲った方がいいでしょう」


「そんなもんか」


「そんなものです」


「だったら尚更なんでランキング一位に喧嘩を……」


「それは、武尊様を馬鹿にしたからですね」


「え?」


「武尊様を自分より下に見ていたでしょう? そのように取れる発言を、彼女はしました。ああいう人間の鼻っ柱は、さっさと折っておくのが正しいです。なんならこの場で戦っても良かったのですが……流石にそこまで短絡的ではなかったですね」


 ……いや、俺のこと馬鹿にしてたか?

 思い出してみるに……咲耶は自分より下の人間につかない、しかし俺と仲良くしてて、側から見るとまるで従属してるように見える、みたいなことをは言っていたが……。

 解釈すれば、格下に見える俺みたいな奴の下についてるのおかしいじゃん?みたいなことを言ってる、ということになるか?

 まぁ……曲解まではいかない、むしろ半ばそう言ってるに等しいが、会長もそこを主題として言ってたわけじゃなかろうに。

 咲耶に対する売り言葉に買い言葉の一つとして、ついつい言ってしまったくらいのもののはずだ。

 それを咲耶はガチで受け取った、と。

 

「……俺のために怒ってるなら、別に決闘については撤回してきてもいいんだぞ?」


 一応、そう言ってみるも、咲耶は首を横に振って、


「これは武尊様の名誉のかかった戦いです。許嫁として、決して引くわけには参りません」


「……そうか。まぁ、適度に手加減してやれよ……」


「それは相手の実力次第ですかね」


 そう言って笑う咲耶は、ちょっと怖かった。

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