第193話 喧嘩の行方

 ──また随分と真正面から喧嘩を売っていくもんだな。


 と、咲耶の台詞を他人事のように聞きながら思っていると、姫川から沸々とした真気の迸りを感じる。


「……ふふっ。言うじゃない。新入生風情が……。その言葉は、生徒会に対する挑戦と受け取ってもいいかしら?」


 そう言った姫川の顔には、怒りと同時に憎しみのようなものまで滲んで浮かんでいるように見えた。

 キレすぎだろ。

 と思ったが、普通は高校生ってこんなもんかな?

 俺はなんだかんだ、前世と合わせたらもう三十年近く生きてる計算になるので、その辺りの自然な感覚がわからないんだよな……。

 最近、付き合いが多い奴らも年齢的にほぼ爺さん婆さんよりだ。

 澪とか仙人とか仙女とか美智とか。

 長い年月と強力な力を持つが故の自制によって、半ば植物みたいな精神を手にしている者たちである。

 そんな彼らと過ごし続けていると、俺自身もそこまで激昂したりといった感情の昂りを感じなくなっているところがあった。

 穏やかに過ごしている方が、気分もいいしな……。

 とはいえ、俺にはまだ、復讐のための憎しみ、という感情は残っているが。

 熾火のように消えないんだよな、これだけはさ……。

 あとは老人みたいと言われても仕方がないところはあると自覚はしている。

 そんな俺から見て、二人のやりとりはスリリングかつ、新鮮でなんだか面白く感じられた。

 不謹慎だろうか?

 いや、別に人が死ぬわけじゃないんだから……。


 二人のやりとりは続く。

 

「挑戦? 私に挑戦するには……そうですね、控えめに見て、二十年は早いかと思いますよ」


「なんですってぇ!? このっ……。大体、自分より下のものにつかないって……そんなこと言いながら随分とその男子とは仲がいいようだけど? それこそ、従っているようにすら見えるわ」


 ……お?

 まずいぞ、俺に矛先が……。

 こういう女同士の戦いには全く慣れていないため、どうすべきかオロオロしていると、咲耶が姫川を鼻で笑ってから、


「……その程度の目利きだから、私より下だ、と言っているのですよ」


「何がよ……」


「分からないなら分からないでいいのです。それが貴女の限界なのでしょう。それで、そんな貴女が私にこれ以上何を言われるというのですか?」


 これ以上ない拒絶だからなぁ。

 まさかまだこれでも生徒会に入ってくれもないだろう。

 言うとしたらむしろ器がでかい気もする。

 捨て台詞でも言って帰るか?

 そう思って次の台詞を待っていると……。


「……よ」


「はい?」


 静かな声で何かを言った姫川に、もう一度言うように促す咲耶。

 その聞き方ですら、喧嘩を売っているようであった。

 煽りに煽っているな……それに気づいているのかいないのか、姫川は次の瞬間、叫ぶように言った。


「決闘よ!!」


 えぇ……。

 マジか。

 いいのか?

 いや、確かにこの学校では決闘が許されている。

 ランキング戦という形で。

 しかし、通常は同学年同士でのものだけが自由に行われれ、学年を跨いでのものは年に何度かあるイベントなどでしか許されないという話だったはずだ。

 それなのに、横紙破りを生徒会長本人がしようと言うのか。

 制度上それが許されることなのかどうかは、咲耶も気になったようで、


「あら、私は一年生、姫川会長は三年生ですから、それは出来ないのでは?」


 と尋ねるが、姫川は言う。


「ランキングが一桁の生徒は、年に三度、自由に決闘相手を選ぶことが許されているわ。それがたとえ、一年生であってもね」


「ははぁ……ですがそれだと、いじめのようなことが起こりかねないのでは?」


「そんなくだらないことをすれば、名声が地に堕ちるもの。誰もやらないわ」


「なるほど、しかし私に決闘を申し込むのはそれに当たらないと?」


「生徒会に喧嘩を売ったのは貴方だからね。いいこと、首を洗って待っていなさい! 日程は追って伝えるわ。観客の前で地べたを這いずることになるから覚悟してることね!」


「ふふ、楽しみにしていますね」


 そして、姫川会長は屋上のドアを乱暴に閉めて去っていく。

 俺は彼女の気配がすっかりなくなったあと、咲耶に言った。


「……わざと煽ったろ?」

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